刑事司法における「加害者」と被害者

法学セミナー548号66-69頁(2000年)



刑事司法は誰のためにあるのか

 刑事司法は誰のためにあるのだろうか。近代的な司法制度の下では、民事的な紛争処理と刑事制裁による社会統制とが明確に区別される。刑事司法は、被害者じしんによる報復や、被害者個人の損害回復のための制度ではなく、犯罪を抑止することと同時に犯罪を犯した人の改善更生を実現することを目的としている。また、刑事裁判や少年審判は、犯罪や非行の存否を認定し、必要な処分を決定するための手続きであるが、そこでは、無実の人に誤って刑罰や保護処分を科さないための配慮を行うことが、固有の目的として強く意識されている。冒頭の問いに答えるとすれば、近代化された刑事司法は、1)犯罪から守られるべき社会と2)罪を犯してしまった人(加害者)、そして3)罪を犯したとされている人(被疑者・被告人)のためにあると言えよう。

刑事司法から見た被害者

 右のような意義づけをするならば、刑事司法の基本構造は、国家機関と被疑者・被告人ないし加害者が当事者として向き合うものと理解される。そして、被害者は、情報収集のための一つの「手段」であり、改善更生・社会復帰に際して考慮される「条件」の一つに過ぎなくなる。

 捜査機関から見た被害者は、犯罪についての有力な情報源である。被害者からの届け出や告訴は、捜査の端緒となるし、被害状況や被害者の周辺事情は、捜査の重要な手がかりとなることが多い。犯罪の認知と加害者の検挙を確実にするために、被害者から捜査機関への意思表示や協力を容易にする環境づくりが必要とされる。

 検察官による起訴猶予は、「犯罪の軽重」など様々な事項を考慮して行われる(刑訴法二四八条一。被害弁償や示談の有無など被害者に関する事情も、「犯罪後の情況」の一つとして考慮されている。(→[1])また、裁判官による量刑においても、これらの事情が考慮される。事実に争いのない事件では、被疑者・被告人と弁護人は、起訴猶予や執行猶予を目指すので、被害者を相手にした民事的な示談交渉が、刑事弁護の中心的な活動となる。

 公判手続きにおける証拠調べでは、被害者の供述が、犯罪事実や情状を立証する証拠として用いられる。被害者の供述録取書を証拠とすることに被告人・弁護人が同意しなければ、被害者の証人尋問が実施されることになるので(刑訴法三二〇条一項)、確実に供述を得られるよう、被害者の出廷と証言を容易にするための工夫が必要とされる。他方、被告人とその弁護人には、供述の信用性を争うために、証人となった被害者に対する必要十分な反対尋問を行う機会が与えられる(刑訴法三〇四条二項・三項、憲法三七条二項)。
 少年審判では、家庭裁判所調査官が少年の要保護性を調査する過程で、当該非行による被害や謝罪・弁償の有無を対象とすることがある。しかし、調査官が被害者との間に特別な接点を築くことはないようである。(→[2])

 犯罪や非行が認定され、刑罰や保護処分が執行される段階では、被害者と加害者との接点は、ほとんど存在しない。施設内処遇においては、矯正職員や篤志面接員などが、被害者の心情を思いやり、気持ちや改悛の情を喚起させたり、被害者に対して謝罪の意思を伝達させるような助言指導が行われている。しかしそれは、あくまでも加害者の更生を意図し、加害者の内面に向けてなされる働きかけでしかない。

 仮出獄や仮退院のための準備期問には、環境調整の一部として、被害者の感情や被害弁償の状況が保護観察官・保護司によって調査され、社会内処遇への移行が可能かどうかの判断材料となる。また、仮出獄・仮退院を経て、あるいは保護観察付執行猶予によって保護観察が開始されるときは、対象者ごとに設定される特別遵守事項において、被害者の慰謝・弁償を努力目標として設定することがある。(→[3])いずれも、あくまで被害者の改善更生と社会復帰に主眼が置かれており、被害者に対する働きかけを意図するものではない。

被害者から見た刑事司法

 刑事司法の枠組みを外し、犯罪という事象そのものに注目するならば、被害者は事件の紛れもない「当事者」である。実体的真実の所在や、加害者だとされた者にどのような処遇が行われるのかについて、被害者が重大な関心を寄せるのは、あまりにも当然である。近代的な刑事司法は、そのような被害者の関心に注意を払わず、被害者を制度の枠外に置き去りにしてきた。このことに対する反省から、近年では、刑事司法と被害者との関係を修正する様々な施策が、立法や運用によって実施されつつある。では、そのような新たな動向をも含め、現在の日本の刑事司法は、被害者の視点からは、どのような姿に見えるだろうか。

1.どのように保護されるのか

 警察は、被害者が最初に接する刑事司法機関である。しかし、被害を受けた直後、被害者にとって警察は、将来に向けた捜査の担い手としてよりも、むしろ危機介入の担い手として意識される。(→[4])そのため、現実に存在する危難を排除して被害者の安全を確保すると同時に、精神的な衝撃を静めて早期の立ち直りを可能にするためのケアが期待される。警察庁は、一九九六年に通達として策定した被害者対策要綱において、捜査活動への被害者の協力確保と並んで、被害者対策それじたいを警察の本来的な業務に位置づけており、それらの二ーズに応えるための施策が、各都道府県警で実施されている。現段階では警察署ごとの差もあるだろうが、被害者は、カウンセリングの知識を持つ警察職員や、警察から委嘱された専門家による精神的なケアを受けることができるようになりつつある。

 捜査が開始されると、被害者は受動的な立場に置かれ、情報提供を求められる。事情聴取の方法によっては、犯罪によって生じた被害をより深化させる、いわゆる第二次被害を受ける危険がある。(→[5])そこで、前述の被害者対策要綱と、一九九九年に改正された犯罪捜査規範では、捜査を行う上で、被害者の心情に対する理解や、被害者の尊厳への配慮を義務づけている。たとえば、これまでにとりわけ深刻な二次被害を数多く発生させてきた性犯罪の捜査においては、被害者は、担当となる捜査官の性別を指定できたり、プライバシーと精神的な落ち着きとが得られるような設備を利用した事情聴取を受けられる場合がある。

 これらの措置の必要性・妥当性を疑う余地はないだろう。問題は、現実に実効性を保ったままで運用を継続できるかという点にある。被疑者・被告人の権利保障に関係する諸条項の運用状態からも明らかなように、犯罪捜査規範による義務化は、実効性を確保するためには、さほど貢献しない。また、何が適切な対応かは、個々の犯罪や被害者ごとに異なる。要綱が示した理念を警察組織の末端にまで浸透させると同時に、個々のケースごとにそれを具体化する能力を持つ人的な資源を供給できるか否かが鍵を握ることになろう。そうだとすれば、多彩な人的資源を有する民間ボランティアとの連携が、中心的な課題の一つとなる。

 公判段階の証拠調べにおいても、1)公開の法廷で証言し、2)被告人や弁護人の反対尋問にさらされること、3)被告人の面前で証言することによって、被害者が二次被害を受けることが少なくない。とりわけ、性犯罪の被害者は、被告人の面前で、被害を受けたときの状況などについて詳細な供述を求められることによって多大な苦痛を強いられてきた。

 このような事態を回避するために、運用上の工夫として、被告人を退廷させたり(刑訴法三〇四条の二)、公判期日外に尋問を行うこと(同二八一条)が試みられてきた。そして、二〇〇〇年五月に改正された刑事訴訟法の施行後には、著しい不安や緊張を覚えるおそれのある証人には、裁判所は、それを緩和するために適当な者を付き添わせることが可能となる(一五七条の二)。また、証人が被告人の面前で供述することにより圧迫を受け、精神の平穏を著しく害するときは、裁判所は、被告人と証人との間を相互に見えないように遮蔽したり(一五七条の三)、モニタ画面と音声によって相互に相手の状態を認識しながら通話することにより証人のみを別室に置いた状態で証人尋問を行う方法(ビデオリンク方式)が導入されることが可能となった(一五七条の四)。ただし、遮蔽やビデオリンク方式は、被害者である証人が申し出れば常に採用されるわけではない。証人保護の必要性があるだけでは足りず、裁判所がそれを「相当と認めるとき」に限って実施される。

2.どのようにして知らされるのか

 身体犯の被害者は、警察段階において、一九九六年から実施されている被害者連絡制度により、希望によって、1)捜査の状況、2)被疑者の検挙状況、3)被疑者の処分についての情報を、各警察署に配置された被害者連絡員を通じて提供されている。(→[6])また、検察においては、一九九九年から被害者通知制度が実施されており、すべての事件の被害者と代理人等は、1)事件の処理結果、2)公判期日、3)裁判の結果について、検察官から通知を希望するか否かを確認され、希望する場合には、通知を受けることができる。また、被害者側から特に通知を希望すれば、4)公訴事実の要旨、5)不起訴裁定の主文と理由の骨子、6)身柄の状況などについても、通知を受けられることがある。(→[7])

 ただし、いずれも被害者が望めば必ず情報提供がなされるわけではない。提供される情報の具体的な内容や時期については、当該事件や関連する他事件の捜査・公判への影響、新たな紛争を誘発する可能性などのほか、犯人の改善更生への不当な妨げとなるか否かなども考慮して決定される。情報提供は、刑事司法の目的を阻害しない限度でなされるサービスであるから、それがなされない場合であっても、不服を申し立てることはできない。

 また、二〇〇〇年五月に成立した「犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律(以下、犯罪被害者保護法)」施行後には、被害者やその委託を受けた弁護士は、損害賠償請求権を行使するために必要とするなど「正当な理由」がある場合で、かつ裁判所が相当と認めるときには未確定である当該事件の公判記録を閲覧・謄写することによって、公判についての情報を得ることが可能になる(三条)。

3.どのような意見表明ができるのか

 受動的な立場に置かれている被害者にも、自らの意思を主体的に表明する機会がある。まず挙げられるのは、被害者は告訴によって国家機関に対して訴追を求める旨の意思表示である。親告罪においては、事件の帰趨に決定的な意味を持つ。ただ、現実には、精神的に大きなダメージを受けた被害者が、感情を整理しつつ、告訴という法律行為に向かう意思を固めることは、決して容易ではない。そのような配慮から、二〇〇〇年五月の刑訴法改正で、告訴期間(六ヶ月)の適用対象から強姦等が除外された。

 検察官の不起訴処分について、被害者や遺族は検察審査会に審査を申し立てることができる。事後審査であり、審査結果に直接の拘束力がないので、被害者の意見表明としては、問接的なものでしかない。検察官に事件処理の見直しを迫る効果を生むのは、被害者じしんによる運動やマスコミの報道によって、審査への社会的な注目を集めることができたケースに限られるだろう。

 また、今回の刑事訴訟法改正では、公判段階で被害者が主体的に意見表明を行うための制度が創設された(二九二条の二)。被害者は、審理の状況その他の事情から裁判所が相当でないと認める場合を除けば、検察官を通じて申し出ることによって、被害に関する心情など事件に関する意見を陳述することができる。被告人の量刑にその意見が必ずしも反映されるとは限らないが、被害者が単なる情状証人とは別の地位で手続きに関与することができ、意見を表明することじたいに、一定の価値を認めたものと言えよう。ただし、ここでも、裁判所が相当でないと認める場合が除外されており、相当性の判断について、施行後の運用が注目される。たとえば、被害者の意見は罪体の立証に用いられないが、裁判官の心証形成に事実上の影響を及ぼす可能性がある。したがって、争いのある事件においては、手続きの最終段階に至るまでは、相当性を否定して、陳述を認めないという運用もあり得るだろう。

4.どのようにして損害を回復するのか

 犯罪により発生した経済的な損害の回復や、精神的な損害に対する金銭賠償は、民事訴訟制度によることが予定されている。しかし、精神的な被害からの立ち直りの途上にある被害者が、刑事裁判への対応と並行して、民事訴訟に向けた準備をも進めることは決して容易ではない。他方、被疑者・被告人やその弁護人は、示談を成立させるために積極的な活動を行う。起訴後に国選弁護人を付すことができる被告人に対して、被害者は、必ずしも弁護士のアドバイスを得ながら示談交渉に臨めるわけではない。被疑者・被告人側の主導でなされる交渉により、不本意な示談をしてしまうこともある。

 また、損害賠償請求が認められたとしても、被告人の多くは資力に乏しく、現実には賠償を得られないことも多い。犯罪被害者保護法では、より効率的な損害回復がなされるように、当該事件に関連して、被害者と被告人との問で成立した民事上の争いについての合意を刑事事件の公判調書に記載して、裁判上の和解と同一の効力を認めるという手当がなされた(五条)。合意を記載した公判調書によって強制執行が可能になるのだから、示談のプロセスの公正さをより厳しく問う必要があるだろう。しかし、多くの被害者が法的なアドバイザーを付されないまま、被告人の弁護人と相対している現在の状況には、何も手当はなされていない。

 犯罪被害者に対して、国家からの給付を行う制度として、犯罪被害者等給付金制度が存在するが、対象や支給額に制約があり、一時的な見舞金としてはともかく、被害補償制度としては十分ではない。国に対して給付金制度の見直しが急務であるが、埼玉県嵐山町は、これを補完するものとして、町が犯罪被害者への支援金を支給する制度を条例で成立させた。地方自治体が、地域における被害者対策の担い手の一つとなり得ることを示した例として(→[8])注目に値する。

刑事司法と被害者との出会い

 日本の刑事司法は、被害者の支援や保護のために様々なしくみを持つに至っている。しかし、被害者の視点でそれらの制度を概観すると、それぞれに一定の制約が存在することがわかる。殺人事件の遺族などによって二〇〇〇年二月に発足した犯罪被害者の会などが、被害者の「権利」を明確化することを目指すのも、そのような事情を背景にしている。ただ、刑事司法の枠組みを維持する限り、無罪を推定されている被疑者・被告人の権利との問で、一定の調整が要求されるのは、当然であろう。運用の活性化に伴って積み重ねられていくであろう調整の内容に注目していく必要があるだろう。

 被害者との"出会い"は、刑事司法に何をもたらすのだろうか。第一に、刑事司法の担い手が国家機関がであるという感覚が失われゆくこと洲挙げられる。警察との連携で進められる精神面でのケアや、公判廷で証言する際の付き添いなど、被害者の保護や支援のための新しい施策では、具体的な担い手として民間のボランティアが念頭に置かれている場面が多い。第二に、様々な段階で被害者の関与を拡大し、被害者と加害者との関係修復をも実現しようとするのであれば、訴訟や審判については、犯罪事実に争いのある事案と争いのない事案を区別して論じることの必要性が、より強く自覚されることになろう。第三として、わが国における被害者の支援や保護は、犯罪捜査や刑事訴訟の場面を中心に論じられてきた。それは、二次被害の防止、初期段階における支援の必要性など、緊急の課題がそこに存在していたからであろう。それらの課題には、一定の手当がなされ、制約の存在を意識しつつ具体的な運用のあり方を論じる段階に到達した。しかしそのことは同時に、より根本的な課題として、加害者の改善更生を実現しながらも、被害者の側に根深く残っている応報感情を長い時問をかけて癒していくための手段を確保する必要性を自覚させる。保護や矯正の段階において、被害者と加害者が分離されている現状にも、何らかの風穴を開ける必要性が検討されることになろう。

(なかじま・ひろし)


[1]司法研修所検察教官室編『検察講義案(改訂版)』一四五頁(一九九八年、法曹会)。
[2]田淵伊佐緒「少年事件における被害者学的視点」罪と罰二九巻二号四二頁(一九九二年)。
[3]北澤信次「更生保護における被害者の視点」被害者学研究四号七九頁(一九九四年)、廣川洋一「更生保護と被害者」犯罪と非行一一四号二二二頁(一九九七年)、山口昭夫「被害者と犯罪者処遇」法律のひろば五三巻二号一一九頁(二〇〇〇年)。

[4]宮澤浩一ほか編『犯罪被害者の研究』(椎橋隆幸・小木曽綾一一二六頁(一九九六年、成文堂)。
[5]二次被害の実状については、板谷利加子『御直披』二二頁以下(一九九八年、角川書店一、西日本新聞杜会部取材班『犯罪被害者の人権を考える』三五頁以下(一九九九年、西日本新聞社)など。
[6]宮澤浩一・國松孝次監修『犯罪被害者対策の現状』(吉田敏雄)三八頁(二〇〇〇年、東京法令出版)。
[7]前注書(八澤健三郎)二二〇頁。
[8]条例制定の経緯について、渋谷登美子「犯罪被害者の公的補償はなぜ必要か」世界六五九号二二三頁(一九九九年)。




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