本棚:所一彦(法学部教授)著『刑事政策の基礎理論』

大学の広報誌「立教」150号78頁(1994年)に掲載した拙文。想定している読者は、立教大学の学生とその父母です。


 刑事政策学は、犯罪・非行の原因や国家・社会による犯罪統制のしくみに内在する一定の法則性を、経験科学的な手法などを用いて明らかにしていく学問領域である。「政策」学の名が示すとおり、そこで得られた事実認識を基礎とした何らかの具体的な政策提言を伴うことも多い。本書は、そのような刑事政策学の分野における第一人者である所教授の幅広い研究業績の中から、とりわけ「基礎理論」に関する著作を中心にまとめられた待望の論文集である。

 本書にいう「基礎理論」とは、例えば、刑罰の「犯罪抑制機能」、刑法における「責任主義」、少年司法の「福祉」機能、刑事司法の「民主的統制」といった、現在の我が国の刑法や刑事裁判のあり方を基礎付けている様々な原理をさす。この意味での「基礎理論」そのものを正面から扱った研究書は、意外なことではあるが、実は極めて少なかった。個別具体的な課題を論じる場合には、それらは当然に認められる前提として扱われてしまうことが多いし、また「基礎理論」をとりあげる場合でも、その背景にある理念や思想的基盤が歴史的考察などによって強調されるにとどまっていた。

  本書のねらいは、そういった「基礎理論」について、それが現実の制度の中でどのように機能しているのか、あるいは、なぜそのように機能するのかという視点からの分析を行い、論議に実証的な基盤を提供することにある。そして、その実証的な基盤は、個別の政策課題についての現実的な提言と、理念的な背景と一体不可分である「基礎理論」との間に、生じてしまいがちな隙間を埋める役割を果たすものと言えよう。

 刑事政策学の対象領域を、伝統的な原因論・対策論に限定せず、裁判の過程を含めた刑事司法システム全体に拡大することは、近年の趨勢でもあり、また、所教授の年来の主張の一つでもある。したがって、本書の「基礎理論」の射程は、狭義の刑事政策論に限定されない。隣接領域である刑法学や刑事訴訟法学では、それぞれの条文や裁判例をよりどころとして法の解釈や運用のあり方が論じられるが、そこでの議論においても重要な基礎を提供することになるであろう。

  なお、本書は、各章ごとに懇切な解題が付されているので、多様な研究の方法論とその成果を、相互の関係を意識しながら一覧することができる。刑事政策を初めて学ぼうとする人にとっては、「テキストブック」としても有用な一冊である。

(大学院法学研究科博士後期課程・中島宏)

大成出版
288ページ
3500円


本棚:田宮裕(元名誉教授)著『刑事法の理論と現実』

大学の広報誌「立教」173号91頁(2000年)に掲載した拙文。想定している読者は、立教大学の学生とその父母です。


犯罪捜査や刑事裁判は、犯罪事実を認定して刑罰を科すための手続きである。しかしそれは、やみくもに真実を究明すればよいというわけではなく、被疑者・被告人の人権を保障しながら進行する適正な手続きでなければならない。この「適正手続き」の重要性と、それを実現するための理論的な枠組みを提唱し、わが国の刑事訴訟法学に定着させたのが、九九年一月に急逝した田宮裕・元名誉教授である。

本書は、著者による生前の研究業績の中から、刑事訴訟法はもちろん、刑法や刑罰論など隣接分野の論考をも収録した遺稿集である。刑事法を学ぶ学生の必読書であることは言うまでもないが、著者の憲法的刑事訴訟法論の核心と、それを支える方法論、それらと立法との関わりなどが平易なことばで明快に語られており、他の法分野を学ぶ学生にも、大きな示唆と刺激が与えられるだろう。なお、著者の遺稿集としてこの他に『変革のなかの刑事法』(有斐閣)も刊行されている。

(法学部助手 中島 宏)

岩波書店
269ページ
5200円




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