犯罪被害と法律相談

立教大学法学部学生法律相談室機関誌「RALA」20号60-64頁(2002年)に掲載した内輪向けの随筆。



ある土曜日の午後、5号館1階の法律相談室受付に現れた飛び込みの来談者が、次のように話を切り出したとする。「半月ほど前、夜道を帰宅途中、若者数名のグループが襲いかかってきた。いわゆるオヤジ狩りというやつだろう。棒のようなもので全身を激しく打たれて、私は気を失った。気づいたときは病院のベッドの上で、2週間ほど入院治療を余儀なくされた。警察には届けたが、その後、彼らが捕まったかどうかはわからない。私としては、このまま有耶無耶になってしまうのは耐えられないので、法律で決着をつけたいのだが…。」

現役室員のみなさんは、どう対応するだろうか。「本件については、不法行為に基づく損害賠償請求を検討する。故意に権利侵害を惹起した違法な行為であり、状況からみて、いずれの行為者にも責任能力が認められるであろう。共同関係にある複数の加害者による不法行為であるから、民法719条1項により、各加害者が連帯して損害賠償責任を負う。治療に要した費用、入院による逸失利益、精神的損害に対する慰謝料などを各行為者に請求することができる。具体的な賠償額の算定は、当相談室では不可能。」細部につき議論はあるだろうが、おおむねこのような流れで回答することになろう。しかし、ここで提起したい問題は、その先にある。このケースの来談者は、以上のような回答によって、本当に十分な納得や満足を得ることができるのだろうか。

損害賠償の根拠と範囲について知識を与えられることは、来談者にとって意義のあることだろう。だが、来談者の主たる関心が、オヤジ狩りの犯人たちから賠償金をとることにあったかどうかは明らかでない。ところで、夏合宿の模擬相談において、4年生のアドバイザーから、「聞き出しの段階で、来談者が何を求めているのかを明確にせよ」との指摘がなされることが少なくない。そこで「どのようなことをお望みですか?」との追加質問がなされるのだが、模擬相談の来談者は、「お金を取りたい」「××に○○を要求できないのか」と、法的視点から整理しやすいニーズをクリアに述べてくれる。しかし、これはとても奇妙なことであって、実際には、来談者にそのような反応を期待することは、ほとんど不可能であろう。来談者が相談室に持ち込むニーズとは、多くの場合、「自分が直面している不合理に対する漠然とした違和感を、法律によって払拭してほしい」という抽象的な「願い」でしかない。相談を担当する室員は、来談者とのコミュニケーションの中で、その「願い」を実体法の枠組みに再構成して法的処理の道筋に乗せる作業を、意識的・無意識的に行っているはずである[*1]。この事案について上で示した回答は、被害者の漠然とした「願い」を、相談室が処理できる方向に向けて意図的に誘導しつつ、損害賠償請求という民法上の問題へと絞り込んだ結果として導かれたものに過ぎない。オヤジ狩りの被害に遭った市民が法律に向ける「願い」の中身は、もっと多様で複雑なものではなかろうか。

自分の研究領域に向けた我田引水と揶揄されるかもしれないが、次のような仮説も一定の説得力を持つだろう。オヤジ狩りの被害者である来談者は、自らが抱える不合理を解消する方法として、損害賠償だけでなく、加害者に対する刑事(あるいは保護)処分にも等しく関心を寄せているのではないだろうか。ご存じのとおり、近年では、民刑分離の弊害が指摘され、刑事手続きを被害者関係的な視点から観察するアプローチが、裁判実務・立法・学界のいずれにおいても有力となりつつある。被害者である来談者の視点から、加害者に対する刑事手続きを説明することは可能であるし、被害者が刑事事件に寄せる関心を受けとめるためのしくみも、刑事司法の内にも用意されつつある[*2]。

そこで、まずは、この事案の来談者に対しては、加害者が成人である場合の刑事手続き、および、加害者が未成年である場合の少年保護手続きについて、一般的な説明を与えることが必要とされよう。とりわけ、犯罪少年を甘やかすためだけにある、被害者にとって無益な手続きであるとの理解(私に言わせれば「誤解」!)が蔓延している後者については、慎重な説明が必要となろうか。次に、被害者である来談者が、刑事手続きや少年保護手続きに関与できる場面について説明することになろう。この事案では、すでに警察に対する被害届が出されているが、加害者の処罰を求めるより積極的な意思表示として告訴(刑訴法230条以下)をすることができる。これにより、検察官が事件処理を行ったとき、その内容や理由について、通知を受けることができる。また、法律による手続きではないが、警察に対して希望を述べれば、捜査の状況や被疑者の検挙・処分につき、逐次、情報提供を受けることができるし(=被害者連絡制度)、検察段階においても、希望を出しておけば、検察官による事件処理の結果に加えて、身柄の状況、公判期日、裁判の結果などについて情報を通知されることができる(=被害者通知制度)。公判段階においても、傍聴席を確保されたり(犯罪被害者の保護を図るための刑事手続に付随する法律3条)、証人として尋問される場合に特別な配慮をされたり(刑訴法157条の2・157条の3)、検察官に申し出ることにより事件に関する心情などを公判で陳述すること(刑訴法292条の2)が認められることがある。少年審判においても、裁判所もしくは家裁調査官に意見を聴取されることを求めたり(少年法9条の2)、少年の氏名や決定の内容につき一定限度で情報を得ること(少年法31条の2)が認められる場合がある。なお、犯罪被害者等給付金の支給についても説明が必要だろう。来談の時点では判断不可能であるし、この事案は、重傷病給付の可否のボーダーラインに近い。

さらに考えを拡げてみよう。犯罪による被害という特殊な状況を背負わされた来談者が、いま現在必要としているのは、本当に上記のような「法律知識」なのだろうか。来談者自身は自覚していないが、実は、真に求めているのは、自分の被害に耳を傾け、精神的な安定を与えてくれる「相談相手」でしかなかったのかもしれない。そのような状況においては、(心理学部ではなく)法学部の学生による法律相談は、無力であるだけでなく、思わぬことで来談者の心の傷を拡げてしまう危険性すらあり、むしろ有害である。昨今、多くの弁護士会が被害者向けの法律相談を実施しているが、この危険性への対策として、先進的な地域では、担当弁護士に大して被害者心理に関する一定の研修プログラムを実施したり、臨床心理士が参加する民間のサポート団体と連携して法律相談と心理カウンセリングとを行き来できる体制が試みられている[*3]。いずれにしても、法律相談室の活動において手に負える事態ではなく、被害者支援を専門とする他の相談機関への橋渡しが必要となろう。警察がそのような役割を果たすことも多いが、相談室としては、たとえば、(社)被害者支援都民センター[*4]などの利用につき、正確な情報を提供することになるだろうか。

さて、私は決して、法律相談室の内規を変更し、業務拡大に乗り出すべきとの提案をするものではない(ましてや、刑事法の分野に室員の関心を拡げることを意図するものでもない。それは別の場所で実行済みだからである)。学生が行う法律相談である以上、回答可能な範囲に限界を画した謙抑的な運用を行うことは当然であり、それは法律相談室が長い伝統の中で培ってきた「良識」だと考えている。しかし同時に、ここで挙げた架空の事案からもわかるとおり、室員が「生きた事例」から学べることはあまりにも多い。たとえば、民事訴訟や家事審判における具体的な解決の手順、裁判外の紛争処理システムを活用する余地、そして刑事と民事との交錯など、ひとつのケースを通じて学ぶべきテーマは、山のようにある。上記の事案につき心のケアに関連して述べたように、法律相談じたいの機能と限界もまた、室員が経験を客観化しつつ取り組むべき研究課題だといえるだろう[*5]。来談者への回答内容は、内規が定めるとおり「分をわきまえた」範囲に収めるとしても、室員が「生きた事例」を用いて学ぶ内容を、民法のケース・スタディという枠組みの中だけに押し込んでしまっている現状は、あまりにも勿体ないのではないか。「釣りはフナに始まってフナに終わるように、法学の学習は民法に始まって民法に終わる」と仰った先生がいる。なるほど、そうかもしれない。ただ、法律相談に持ち込まれる事例は、多種多様な魚が住む広大な湖のようなものだ。フナが釣れなくては話にならないが、「フナが釣れたらそれでおしまい」という必要もなかろうと思うのだが、いかがだろうか。学生時代、フナすら釣れないまま4年間を過ごした卒業生が、過去の不勉強を悔やみつつ述べてみた独り言である。

OB(1991年卒)・中島宏


(1) その意味では、「事実の聞き出し」と「法律構成の検討」とを二分する現在のシステムには、内在的な矛盾が存在すると言えなくもないし、A検討が長時間に及んでしまうのも不可避的な面がある。なお、樫村志郎「法律相談制度の可能性」自由正義45巻2号6頁(1994年)は、来談者が持ち込む問題を弁護士が法律問題へと定型化することにつき、法律相談のコミュニケーション的特徴として分析する。
(2) 拙稿「刑事司法における『加害者』と被害者」法学セミナー548号66頁(2000年)。
(3) 瀬戸則夫・杉本吉史「大阪弁護士会犯罪被害者支援センターの実践と課題」自由と正義51巻8号126頁(2000年)、蔭山英順「『被害者サポートセンターあいち』における被害者支援の現状と課題」警察学論集54巻7号125頁(2001年)。
(4) 詳細については、http://www.shien.or.jp/を参照のこと。
(5) 法律相談のあり方について、臨床心理学、精神医学とも連携した研究をまとめたものとして、菅原郁夫・下山晴彦編『21世紀の法律相談 リーガルカウンセリングの試み』(現代のエスプリNo.415)(至文堂、2002年)。室員には、一読をお薦めしたい。




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