大崎事件第3次再審請求・平成29年6月28日鹿児島地方裁判所決定へのコメント

南日本新聞朝刊(2017年6月29日)掲載



この記事について

大崎事件第3次再審請求における平成29年6月28日の鹿児島地方裁判所決定を受けて、南日本新聞社からの依頼で同紙に寄稿したものです。


大崎事件 全証拠 総合的に再評価−中島宏(鹿児島大学法文学部教授)

画期的な決定だ。新証拠の「明白性」の判断方法や心理学鑑定の評価など再審をめぐる理論と実務の発展の到達点を示すものとして高く評価できる。

最大のポイントは、新証拠である心理学者による鑑定書の証拠価値を高く認めて、共犯とされた者の供述の信用性を否定した点だ。心理学鑑定を再審開始の決め手とした初のケースである。

もっとも、供述の心理学的な分析自体は、通常の裁判や捜査活動において既に活用されつつある。また、最終的には棄却されたが、この事件の第二次再審請求の即時抗告審においても、心理学鑑定によって共犯とされた者の自白の信用性が大きく揺らぐことが認められていた。学術分野としての「法心理学」も、わが国だけを見ても半世紀に及ぶ歴史と実績がある。今回の判断は「なされるべくしてなされたもの」というべきであろう。

大崎事件は、真犯人の存在を示すDNA鑑定のように、それだけで無実を明らかにできる新証拠が発見された事案ではない。今回の決定は、新証拠である法医学鑑定や心理学鑑定だけでなく、確定審や過去の再審請求審で出されたものを含むすべての証拠を総合的に再評価した上で、無罪である合理的な疑いが生じることを理由に再審を開始した。

最高裁は、一九七五年の白鳥決定において「疑わしきは被告人の利益に」の原則が再審にも適用されることを明らかにした。もっとも、その後の裁判実務については、証拠の総合評価や再評価に消極的だとの批判がある。しかし、今回の開始決定はそうでなく、白鳥決定の趣旨を正しく理解し、具現するものとなっている。

その他、検察官に証拠開示を積極的に促したり、請求人が高齢であることに配慮した審理計画を立てるなど手続面での様々な措置も含めて、今回の決定は、再審のあり方を論じる上で、広く参照されることになるだろう。

現行法では、再審開始決定に対し検察官の即時抗告が可能である。しかし、その運用は、再審が人権救済の制度であることを踏まえなければならない。大崎事件は、裁判所が2度にわたって再審開始を認めた希有な事案である。請求人が高齢であることも考慮し、検察官は即時抗告を断念すべきである。




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