判例レビュー

建造物侵入と窃盗未遂(牽連犯)の公訴事実のうち、窃盗未遂については犯罪の証明がないとされた事例

季刊刑事弁護33号152-154頁(2003年)



さいたま地方裁判所第3刑事部平成13年11月2日判決(一部無罪)

【キーワード】
合理的な疑い
牽連犯
保釈

判決のポイント

1 弁護活動の経緯

被告人は、平成13年4月28日未明、甲市立乙中学校の理科室に窓から侵入し、室内の戸棚を開けるなどしていたところ、防犯センサーの反応によって駆けつけた警備員に発見された。慌てて逃亡を試みたものの、同じく通報によって赴いた警察官に取り押さえられて、現行犯逮捕(建造物侵入・窃盗未遂)された。

勾留された時点で、被告人から当番弁護士の派遣要請があり、5月1日に弁護士が初回の接見を行った。被告人は、弁護士に対して、建造物侵入については被疑事実のとおりであるが、その目的と経緯については、精神安定剤の服用と飲酒との影響で意識が藤腱とした状況でバイクを乗り回しているうちに、母校の中学校が懐かしくなってその敷地内に入り、部活の顧問であった教諭がいた理科準備室に侵入してしまったのであり、決して窃盗を行うために侵入したのではないと述べた。弁護士は、それをそのまま取調官に説明するようにアドバイスし、法律扶助を付して本件を受任した。

本件により被害を受けた中学校は、現に物が窃取されたわけでもなく、被告人が同校の卒業生でもあることから、強い処罰感情は持っていなかったようである。そのため、弁護人は、被告人と中学校側との間で示談が成立すれば起訴猶予となるだろうとの見込みを有していた。被告人の母親に、侵入にあたって破壊したガラス代を中学校に弁償させ、その領収書などを添えた報告書を作成して、検察官に提出した(5月14日)。

被告人が窃盗目的について強い態度で否認を貫けていることがわかったので、取調べや調書の署名・押印にはそのまま応じさせており、弁護人は、取調べに対する強い対抗手段はとくに行っていない。被告人との接見もさほど頻繁に行う必要はなく、起訴前段階では合計2回のみで足りている。すなわちこの段階では、多くの軽微な自白事件と同じように、弁護活動の主眼は、捜査活動そのものへの対抗ではなく、起訴猶予に向けて有利な情状を固めることにあった。実際に、被告人は、一連の取調べの過程において、窃盗の目的で侵入・物色したものではないことを主張し続け、窃盗未遂の部分についての自白調書は作成されていない(ただし、一問一答式で書かれた検面調書の一部に、侵入の目的について被告人を理詰めで追い込み、窃盗の目的であったとされることを被告人が不承不承受け入れかけているかのような記述が織り込まれた)。

ところが、5月18日、検察官は、否認している窃盗未遂を公訴事実に取り込んだまま、本件について公判請求した。弁護人は国選により、本件の弁護を継続することになる。被告人は初犯であり、いずれにしても執行猶予が確実な事案である。そして、被告人は自律神経失調症、パニック障害などの疾患があり、長期に及ぶ身体拘束にはとくに耐えがたい状況にある。したがって、窃盗未遂についても自白して、執行猶予付きの判決を得ると同時に、訴訟を確実に短期で終了させる弁護方針も考えうるだろう。しかし、本件では、捜査段階から引き続いて、被告人自身が、窃盗未遂については否認を貫く強い意思を示していたので、弁護人は、窃盗未遂の部分を公判でも争うこととし、他方では、前述のような被告人の疾患などに配慮して、第1回公判のみで早期に訴訟を終了させることを目指した弁護活動を行うこととした。幸いにして、窃盗未遂の部分については自白調書が存在しないため、第1回公判においては、検察側の書証すべてに同意し、被告人質問と情状証人の尋問まですべてを終わらせる予定で準備を進めた。

ところが、第1回公判(7月18日)では、双方からの書証(乙号証を含む)の取調べを終えて、被告人質問に入り、弁護人からの質問を終えたところで「時問切れ」となってしまった。前述のとおり、被告人の疾患のため身柄拘束が長期に及ぶことを回避する
必要があるため、弁護人は翌日直ちに保釈を請求した。検察官が強い反対意見を述べたが、7月25日、裁判所は保釈を許可した。これに対して検察官が抗告したものの、@第1回公判における証拠調べの進行に照らせば、罪証隠滅のおそれが低いこと、A被告人の父が新たに貸借したアパートで被告人と同居しており、監督する旨を誓約していることなどを理由に棄却された(7月30日)。なお、保釈にあたっては、保証金の一部を弁護人の保証書によって代えている。

第2回公判(9月5日)では予定していた被告人質問、情状証人の尋問が行われた。弁護人は弁論において、@被告人が本件犯行時に相当程度不安定な精神状態にあり、A母校である中学校に侵入したのは懐旧の情に突き動かされたからであって、B財物を不法に領得する意思で行動したわけではないことを、客観的な諸状況と結びつけながら主張した。

2 判決の概要

判決は、弁護人の主張をほぼそのまま容れて、窃盗未遂については公訴事実の存在が認定できないとした。まず、@自宅を出るときから犯行に至るまでの経緯(同棲相手との口論、飲酒、精神安定剤などの影響)、中学校に侵入した動機(母校への懐旧の情)についての被告人の供述は、公判段階になって若干の後退があるものの、ほぼ一貫しているとした。そして、侵入の目的が窃盗であったか否かについて、まず、(a)被告人は経済的に困窮していないこと、(b)金品の窃取が目的であれば、侵入場所として理科準備室を選ぶのは不自然であること(犯行場所は被告人の母校であるから、職員室など金品がありそうな場所の位置はわかっていた)、(C)被告人は、学校における防犯設備の所在について、警備員として勤務した経験から知識を有していたこと、(d)検察官が計画性の裏づけとしている当日の服装(黒色の戦闘服やスキー手袋)は、被告人の普段着と防寒対策であり不自然ではないことなどを挙げ、A財物の窃取を目的として侵入したことが認定できるとする検察官の主張は首肯しがたいと判示した。

さらに、披告人の供述の信用性について、(a)信用性を失わせるような不自然な点はないし、(b)犯行時は、精神安定剤などの薬理作用による健忘症状の下にあったところ、行為の客観的な側面を前提になされる質問に対してなんとかして回答しようと、日頃の自分の行動なども合わせて記憶を喚起しながら述べているものであるから、内容に変遷があっても不合理ではないとして、B全体して供述の信用性に疑いがあるとする検察官の主張を退けた。

これらによって、被告人が金品窃取のために侵入したと断定するには、なお合理的な疑いが残るとして、建造物侵入の限度のみでの有罪(懲役8月、執行猶予2年)を言い渡した。

3 まとめ

本件は、執行猶予が見込まれる軽微な事件である。また、争いのある範囲も、牽連犯の目的部分のみである。さらに、中学校に窓ガラスを割って入り、引き出しなどを開ける行為は、その部分だけを一面的に見る限りでは、金品の窃取が目的であると理解されるほうが自然でもある。これらの事情からすれば、とくに争うこともなく「ありがちな自白事件」として処理される可能性も少なくなかった事例だといえよう。しかし、裁判が当事者に与えるインパクトは、単純に量刑の重さのみによって左右されるわけではない。母校である中学校に侵入した被告人にとって、「盗みに入った」とされるのと「意識が朦朧としているとき懐かしさのあまり入り込んだ」とされるのとでは、本人の内心においても、他者からの社会的評価においても、その事実上の影響力に大きな違いがある。軽微な事案ではあるが、被告人の言い分に即して、本件に固有の細かな事情を相互に照らし合わせることによって、「窃盗目的で侵入し、引き出しなどを開けて物色した」という一面的(ある意味では常識的)な流れとは別のストーリーを提示できた本件の弁護活動の意義は大きい。本件の争点は侵入した「目的」という主観的な要素であるから、弁護活動が成功した要因としては、被告人自身が強い意思で否認を貫いたという点こそが決め手となったのであろう。本件は、取調べの初期において弁護士によるアドバイスが可能となった当番弁護士制度の成功例である。他方で、検察官が「理詰め」による尋問により被告人の否認が暖昧で変遷するものであるかのような印象を与える調書を残していることなどからすれば、主観面の立証を自白に求めようとする捜査方法について、あらためて危うさを感じざるをえない。

また、軽微な事件において否認を貫くことを難しくする要素として、身体拘束の問題があり、本件の弁護活動でもこれに直面している。保釈が許可されないまま裁判が長期に及んだ場合のことを想定すると、どちらにしても執行猶予が見込まれる本件のような被告人は、不本意であってもすべて争わずに「早期解決」する方向に揺れざるをえない。これを取引的な観点から眺めるとしても、保釈があまりにも制限的に運用されている現状を前提にせざるをえない以上、「公平な取引」とはいえないだろう。本件は、保釈が認められたことによって、「心おきなく争い続けることが可能となった成功例ではあるが、保釈後の監督者として献身的ともいえる両親に恵まれた幸運(父親がわざわざアパートを賃借して被告人と同居したことが裁判所に対して大きなアピールとなったこと)によって支えられており、また、現実に保釈を得るためには保釈保証金を弁護人が保証せざるをえなかったという現実も存在することにも注目すべきだろう。

本稿の執筆にあたっては、弁護人であった萩原猛弁護土(埼玉弁護士会)のご助カをいただいた。記してお礼を申し上げる次第である。

中島宏(なかじま・ひろし/跡見学園女子大学専任講師)


判決文

事件番号 平成13年(わ)第790号
裁判官 川上拓一
弁護人 萩原猛
検察官 龍造寺秀仁(求刑1懲役1年)
参照条文 罪状:刑法130条前段、刑種の選択:懲役刑を選択、執行猶予:刑法25条1項、訴訟費用の処理:刑訴法181条1項本文

判決

主文披告人を懲役8月に処する。
この裁判確定の日から2年問その刑の執行を猶予する。訴訟費用はその2分の1を被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、正当な理由がないのに、平成13年4月28日午前1時14分ころ、埼玉県(略)所在の甲市立乙中学校において、甲校校長Aの看守する同校校舎1階理科準備室東側窓の施錠を外して同室内に侵入したものである。

(証拠の標目)

括弧内の甲乙の番号は、証拠等関係カード記載の検察官請求証拠の番号を示す。
被告人の公判供述
被告人の検察官調書(乙4)及び警察官調書3通(乙2,3,8)
現行犯人逮捕手続書(甲1)
Bの警察官調書(甲21)
実況見分調書3通(甲5,7,9)
捜査報告書3通(甲8,10,18)
写真撮影報告書6通(甲4,6,15ないし17,19)
電話聴取書(甲3)
被害届(甲2)

(事実認定の補足説明)

本件公訴事実の要旨は、被告人が、金品窃取の目的で、判示日時ころ、判示中学校校舎1階理科準備室東側窓の施錠を外して同室内に侵入し、同室内の戸棚等の引き戸を開けるなどして同室内を物色したが、警備員に発見されて逃走したためその目的を遂げなかった、というものであるところ、被告人は、金品窃取の目的で侵入したのではないと述べて弁解し、弁護人も、被告人の弁解供述に依拠して、本件においては建造物侵入罪のみが成立し、被告人は窃盗未遂について無罪であると主張するので、当裁判所が、判示認定の限度で、有罪とした理由を以下補足して説明する。

1 被告人が、公訴事実記載の日時ころ、公訴事実記載の甲市立乙中学校(以下「本件中学校」ともいう。)校舎1階にある理科準備室東側の窓ガラスを割り、施錠を外して同室内に侵入し、同室内に置かれていた戸棚等の引き戸を開けるなどした事実は、当事者問に争いがなく、関係証拠からも優に認定することができる。

2 ところで、被告人は、本件中学校の理科準備室に侵入するまでの経緯について、捜査段階において要旨次のとおり供述している。すなわち、自分は、C警備保障株式会社D支杜に警備員として勤務し、パチンコ店の警備の仕事に従事していた当時知り合ったEと、平成12年夏ころから、本件犯行当時居住していたF市内所在のアパートで同せいしていたが、人間関係でいやなことがあって約1年くらいで警備会杜を辞め、平成13年4月10日ころから、F市内にある引越会社でアルバイトをして日払いで8000円もらっていた、同せい相手のEが夜スナックでアルバイトをしているが、7万円の家賃を払うと毎月0)生活は苦しく、母親から米などをもらったり、食料品の配送会杜に勤めている父親から乾麺等の試供品をもらって食いつないでいる、最近、Eとはうまく行っておらず、毎日のように口げんかをしている、その理由は、Eが別の男と交際していることが分かったことと、自分が辞めろと言っているのに、彼女が夜のスナックのアルバイトを辞めないからである、それにもかかわらず、彼女と別れないのは、自分が性格的に負けず嫌いで、自分から別れると、彼女の相手の男に負けたことになってしまうという意地があり、また、彼女に未練があるからである、自分は、中学生のころ、精神的な病気になり、G病院の精神科に通院し、現在、Iに2週問に1度通院している、Iでは、パニック症候群、アルコール依存症と診断されている、極度の緊張やストレスなどで神経が高ぶって興奮状態が続いてしまうという精神的な病気であり、通院してカウンセリンゲを受けたり、精神安定剤や睡眠導入剤、睡眠薬を処方してもらって飲んでいる、薬が切れると気持ちが悪くなるので薬は毎日飲み続けている、自分には、几帳面で神経質すぎるところがあり、ささいなことに悩んで内にため込み、それを紛らわすために酒に頼り、飲み続けた結果アルコール依存症になってしまった、医師からは、徐々に酒量を減らすように指導されているが、いったん飲み始めると、1日に日本酒8含くらい、傍酎を水割りで780ミリリットル入りのボトル1本くらい飲んでしまう、本件当時は定職もなく、アルバイトで生活を繋いでいる状態なのでしらふではおられず、毎日飲酒していた、本件犯行の前日も、午後4時半ころから、自宅で焼酎の水割りを飲んでいたが、Eが午後6時過ぎころ帰宅し、それから夜のアルバイトに出掛けようとした二とから口げんかとなってしまい、同女は、今日は帰ってこないと言って出掛けて行ったので、自分は、一人でテレビを見ながら、焼酎の水割りを午後11時ころまで飲み続けた、その日は約7時問くらいかけて0.8リットルくらい飲んだ、その後、気分が悪くなってきたので、午後11時30分二ろ、病院から処方されている精神安定剤などの薬を飲み、二のまま眠ってしまおうと忠って、一度布団に入って横になったが、普段であれば30分から1時問くらいで薬が効いてそのまま眠りに人ってしまうのに、この時は、彼女のことが頭を離れず、いらいらがたまって逆に目がさえてしまい、いてもたってもいられないような状態になってしまった、この種の薬は、眠いのを我慢すると、逆に覚せい状態になってしまうと聞いていたが、ちょうどそういう状態であった、自分はどうして良いか分からなくなり、パジャマ代わりに着ていた紺色のスエットの上下の上から、黒い戦闘服の上下を着て、その上からジャンパーを着込んで、翌28日午前零時ころ、原付バイクの鍵とフルフエイスのヘルメット、スキー用の白い手袋を持って衝動的に家を飛び出した、冷静な時であれば必ず持っていく携帯電話や免許証の入った財布は家に置いたままだった、バイクのエンジンを掛けてどこに行く当てもなく放心状態でゆっくりバイクで走り回った、途中、丙(市)にあるJの建物と看板を見た記憶がある、約1時問くらいバイクで走ったところ、見覚えのある場所に出て、目の前に母校の甲市立乙中学校の建物があった、自分は、懐かしくなって通用門の先の校庭のフェンス沿いに寄せてバイクを止め、バイクのシートの下に入れていた懐中電灯を取り出して、金網のフェンスを乗り越えて学校の敷地内に入った、ヘルメットは脱いでシールドを開けて左腕に通し、抱えて持っていた、敷地内が暗いので懐中電灯で照らしながら体育館の前を通ったところ、山岳部の部室があるのが分かった、自分は中学時代山岳部に所属し、山岳部の顧問で自分の担f壬でもあり、埋科の先生であったK先生のことを思い出した、K先生は自分の卒業するとき定年退職した先生で、いつも埋科室の隣の準備室におり、自分もよく準備室に行っていたので、懐かしくなって埋科準備室の前に行ってみた、そして、今どうなっているんだろう、何がおいてあるんだろうという興味がわいてきて、部屋の中が見たくて仕方なくなってしまった、懐中電灯で照らして中をのぞこうとしたが、白いカーテンが引いてあって中が見えず、開いているところがないかと思って、手で窓を動かしてみたがかぎが掛けてあって開いている窓はなかった、自分は、どうしても部屋の中に入りたくなってしまい、小学校の高学年のころ空手を習っていたので、右肘を窓ガラスに付けて3,4回肘打ちをして窓ガラスを割った、ガラスが割れたときに大きな音がしたので、誰かに見つかってしまうかと思い・周りを見渡して様子をうかがったが、だれも来る様子がなかったので、ガラスの割れた部分から手を差し込んでかぎを開け、割った方の窓を全部開けて理科準備室の中に入った、部屋の中は窓側以外は、壁面に沿って自分の身長くらいの島さの戸棚が5個くらい置いてあり、部屋の真ん中にはテーブルか机があって、いろんなものが置いてあった、自分は、戸梛の中に何が入っているのか見たかったので、戸棚の戸を全部開けて中を見てみた、戸棚の中に入ってていたもので覚えているのは顕微鏡と書かれた木箱や、書類と何かの鉱物、段ボール箱、参考書などである、自分が見てみたいと思ったものは見当たらず、興味も薄れてしまったので、部屋から出ようと思って、窓枠に足を掛けてカーテンを広げて出ようとしたとき、こら一という男の人の声が聞こえたので、びっくりして吉のした方を見たが真っ暗で人影は見えなかった、自分は、理科準備室の窓ガラスを割って中に侵入したことは問違いないが、盗みをするために侵入したのではない、興味本位だけで窓ガラスを割って部屋の中に入ったり、部屋の中の様子を見るだけであれば、戸棚の引き出しを開ける埋由がないと含われれば、自分でもなぜそのようなことをしたのかは分からない、自分は窓ガラスを割って理科準備室に入るという悪いことをしたことは分かっていたので、早く逃げないと捕まってしまうと考え、急いで窓から飛び降りて逃げた、学校の外に走って逃げ、竹やぶの中に逃げ込んだが、警察官に見つかって捕まってしまった、以上のとおり供述している。

3 被告人の供述する当時の生活状況全般や同せいしていたEとの関係がうまく行っておらず、口げんかが絶えなかったこと、また、本件犯行の前日の夜、スナックのアルバイトに出掛けるEと被告人が口げんかをし、同女が家には帰ってこないと言って出掛けたことなどはEの警察官に対する供述(甲22)によって裏付けられており、また、被告人が、中学生のころから精神的な疾患を有していて、G病院で自律神経失調症と診断され、その後恐慌障害、アルコール依存症の診断名でIで通院治療を受けていたことは、被告人の母親であるLの警察官に対する供述(甲23)、Eの前記供述、診断書(弁3)及び「M様のお薬」と題する書面(弁4)による裏付けがあり、被告人が、犯行前に自宅でかなり飲酒していたことは、本件犯行直後に建造物侵入罪で現行犯逮捕された後の平成13年4月28日午前2時56分ころ、被告人が甲警察署で飲酒検知された時点で、体内のアルコール濃度が呼気1リットルにつき0.1ミリグラムであったことによって裏付けられている。

4 そして、当公判廷においても、被告人は、犯行当日家を飛び出す前に戦闘服上下やジャンパーを着込んだ記憶はない旨述べて、捜査段階に比べてやや後退したかのような供述をしているものの、何かの目的があって家を出たのではなく、バイクで走り回った理由も分からない、バイクで走り回っている問の記憶もない、気が付いたら自分の母校である本件中学校の脇にいるのが分かり、懐かしくなって学校の敷地内に入り、体育館の脇に来たところ、山岳部の部室があったので、懐かしくなるとともに、山岳部の顧問であり、理科の担f壬であったK先生のことを思い出し、K先生のいた理科準備室に行ってみた、なぜ理科準備室の部屋に入ったのか記憶はないが、懐かしくて近寄ったことは確かである、窓ガラスを割ってまでなぜ入ったのか自分でも分からない、部屋の中にあった戸棚の引き出しを開けた記憶はあるが、閉まっているものは開けてみたいという程度の気持ちであり、金目の物を盗むつもりで開けたのではない、中に何かあるんじゃないかという程度の気持ちであり、なぜ開けたのか自分でもうまく説明できない旨、捜査段階における供述とほぼ同様の一貫した供述をしている。

5 ところで、検察官は、被告人が、犯行当夜自宅を出る際に、夜問目立たない色である黒色の戦闘服をあえて着用していたこと、白いスキー用手袋を着用して学校に侵入しており、指紋を現場に遺留しないための配慮をしていること、午前1時14分という深夜の時問帯に、金網フェンスを乗り越えて学校の敷地内に入った上、窓ガラスを割って室内に入るという明らかに違法な態様で侵入していること、侵入した埋科準備室内の戸棚の戸を開け、スチール製ロッカーを開扉する物色行為を行っていること、犯行当時被告人名義の銀行口座には1万6000円くらいしか預金残高がなく、自宅に置いてあった財布の中にも7000円程度の現金しかなく、被告人自身も金銭的に困窮していることを認めていることから、窃盗の動機が十分に認められ、被告人が金品を窃取する目的で学校内に侵入し、物色行為を行ったと優に認定できると主張している。

しかしながら、被告人の公判供述によれば、被告人は本件犯行当時に着用していたものと同種の戦闘服を数着持っており、日頃からこれらを普段着として着用していたことが認められること、また、スキー用手袋を着用していた点についても、指紋を現場に遺留しないための配慮としてなされたという事情を認めるに足りる証拠は存在せず、原動機付自転車等のバイクに乗る際に、防寒性に優れたスキー用手袋を着用することはままあることであって、あえて不自然ということはできないこと、当時、被告人が借りていたアパートの家賃の支払いが滞っていたという事実は認められず、むしろ経済的に困った場合には両親から援助を受け得る状況にあったことが認められ、父親であるNの公判供述によれば、父親からは実際に金銭的な援助を受けていたことが認められること、防犯センサーの発報により本件中学校に駆け付けた警備員Bの警察官に対する供述からもうかがわれるとおり、被告人が侵入した場所である中学校の理科準備室は、学校内で金品窃取を行う場所としては、社会通念上必ずしも適当な場所であるとはいい難く、侵入した後に職員室や事務室等へ移動しているのであれば格別、そこに留まった上で、戸棚等を開けた後、何も持ち出さずに立ち去ろうとした被告人の行動にかんがみれば、侵入の当初から金品窃取の目的があったとするには躊躇を覚えざるを得ないこと、加えて、本件全証拠によっても、本件理科準備室にあった物品は、いずれも理科準備室に備わっていて当然の教材や資料、器具等ばかりであって、現金や特に高価品と思われる物品が存在していたとは認められず、被告人自身も、侵入する箇所が理科準備室であることは十分認識していたことが明らかであること、以上の事実に、被告人が、当公判廷において、警備員として約1年問勤務した経験から、学校などの重要な場所には防犯設備が設置されていることは知っていた、また、本件中学校の職員室や事務室、校長室などの所在は知っており、理科準備室には金目の物や高価な物は置いていないと思っていたと供述していることや、証人Lの公判供述から明らかなとおり、被告人が、犯行当夜自宅を出る際に室内のテレビや電気を付けっぱなしにしたまま出掛けていることを併せ考えると、預金残高が約1万6000円くらいで、自宅の財布には7000円程度しか現金を所持していなかったという当時の被告人の経済状態を前提としてみても、先にみた検察官の主張はにわかに首肯し難いといわざるを得ない。

6 さらに、検察官は、被告人の供述について、その内容が不自然かつ不含理であり、また、供述の変遷につき合理的理由が認められず、全体として供述の信用性に疑いがあるとも主張する。

しかしながら、被告人は、捜査段階からほぼ一貫して、懐かしさのあまり本件中学校に立ち入り、被告人が在学当時在籍していた山岳部の部屋があるのを見て、当時、山岳部の顧問をしていた教諭が理科準備室にいたことを思い起こしたことから、本件理科準備室に侵入した旨供述していることは先にみたとおりであり、二の供述は、本件中学校に立ち入り、理科準備室に侵入するに至った動機や経緯と侵人方法との整合性、また、理科準備室内で戸棚の引き戸を開けるなどした行為の動機や経緯がいま一つ明確ではない憾みはあるというものの、かなりの量の焼酎を飲んだ上、精神安定剤や睡眠導入剤等を飲み、寝付こうとしたが口げんかをして家を出て行った同せい相手の女性のことが頭を離れず、被告人自身わけの分からないまま家を出て、深夜、行く当てもなくバイクを乗り回していたという犯行当時の行動からうかがわれる被告人の精神状態を考えると、荒唐無稽な虚偽の弁解であるとも断定できず、当時の被告人の心情としてそれなりに首肯できないではない。また、被告人がヘルメットを原付バイクのケースに収納せずに、バイクを運転するときにはめていた手袋をヘルメットの中に入れて左肘に掛けて持っていたと供述する点も、被告人の普段からの習慣であるというのであって、これが供述の信用性を失わせるほど不自然であるとも断じ難い。

その他、確かに、被告人の供述には、捜査段階と公判段階、また、公判供述自体の中においても変遷していると思われるところがないではないが、本件中学校に侵入した事実やその動機等の重要な点については先にみたとおりほぼ一貫しているのであって、供述の変遷とみられる部分についても、被告人が、犯行前にかなりの量の飲酒をしていた上、アルコールとの併用が禁止されている精神安定剤や睡眠導入剤、睡眠薬等を服薬していたことを考えると、これらの薬物の薬理作用が強化されて、健忘症状を惹起して犯行当時の記憶の喚起が困難となったにもかかわらず、犯行当時の被告人の客観的な行為などを前提に説明を求められたために、被告人なりに普段の自己の行動などをも想い合わせて、記憶を喚起すべく供述をしていると考えると、それなりに説明が可能であるとも考えられるのであり、被告人の供述に変遷のみられることに合埋的な理由がないと論難することは相当ではない。

7 以上の次第であって、上記諸事情を総合考慮すると、被告人が金品窃取の目的で本件中学校校舎の理科準備室に侵入したと断定するには、なお合理的な疑いが残るといわざるを得ず、また、同室内に侵入した後、被告人が、室内に置かれていた戸棚等の引き戸を開けるなどした行為が金品窃取の目的の下にされたものであると断定することにも購踏を覚えざるを得ない。したがって、判示の限度で有罪の認定をした次第である。

なお、本件公訴事実中、被告人が窃盗の目的で判示中学校に侵入し、同校校舎1階理科準備室内を物色したとの点については、上記のとおり犯罪の証明がないが、この点は判示建造物侵入罪と一罪(牽連犯)の関係にあるものとして起訴されたものであるから、主文において無罪の言渡しをしない。

(法令の適用)
罰条 刑法130条前段
刑種の選択 懲役刑を選択
執行猶予 刑法25条1項
訴訟費用の処理 刑事訴訟法181条1項本文

(量刑の理由)
本件建造物侵入の態様が、深夜、人気のない甲学校の校舎の窓ガラスを割って施錠を外して室内に侵入するという粗暴で悪質なものであることを考えると、被告人の刑責を軽くみることはできない。

しかしながら、金品窃取の目的的で本件建造物侵入が行われたとまでは証拠上断定できないこと、当時、恐慌障害、アルコール依存症により、投薬治療を続けていた披告人が、大量の飲酒と相まって犯行に至ったとうかがわれること、被告人が、捜査段階から本件建造物侵入の事実を認め、学校や関係者に迷惑を掛けたと述べて反省の態度を示していること、破損した窓ガうスについては被告人の親が学校に謝罪をして弁償していること、前科前歴がないこと、両親が監督を誓約していることなど、綾告人のためにしん酌し碍る事情も認められる。そこで、以上の情状を総合考慮し、主文のとおり量刑した。




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