刑事判例レビュー

廃棄物処理法違反被告事件につき略式命令で罰金刑が言い渡されたのち、
正式裁判で自白の信用性が否定され、無罪とされた事例

季刊刑事弁護28号158-159頁(2001年)



【キーワード】
自自の任意性・信用性
略式手続と正式裁判

事件番号
平成一一年(ろ)第一一号廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反被告事件

宣告日 平成二一年一一月一七日(確定)
裁判所 佐久簡易裁判所
裁判官 大野正男
検察官 大井良春
弁護人 山下幸夫
参照条文 廃棄物処理法一六条、刑事訴訟法三三六条

判決のポィント

本件は、被告人が長野県内の山林に使用不能な自動車二台(以下、本件車両)を廃棄したとして、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下、廃棄物処理法)一六条違反に問われた事件である。廃棄の現場となった山林の所有者からの通報が端緒となり、被告人は、任意の取調べを受けたのち、逮捕された。逮捕後の取調べにおいて、被告人は千葉県内の業者から本件車両を受け取り、レンタカー会社から借りたセーフティーローダー(自動車運搬用の車両)に禎み込んで、A・Bと共に長野県内の現場まで運搬して必要な部品等を取り外したのち廃棄した旨の自白をした。また、被告人は本件を略式手続により処理することに同意した。検察官は略式命令を請求して被告人を起訴し、佐久簡易裁判所が罰金五〇万円を命じる略式命令を出した。しかし、実際には有罪とされることに不満を抱いた被告人は、弁護人を選任して正式裁判の請求をした。これにより、係属したのが本件である。

弁護人は、1)被告人から本件車両の運搬を依頼されたCが、道を誤った結果、被告人が知人から借りていた資材置き場ではなく、本件現場に置いてきてしまったのであり、被告人自身が捨てたのではないこと、2)そもそも右自動車は、走行はできないものの部品の取得が可能であり、廃棄物処理法にいう「廃棄物」には該当しないことなどを主張した。まず、検察官請求の書証につき、ほぼすべてを不同意とし、証人に対して詳細な反対尋問を行った。また、三回にわたって被告人質問を行い、被告人が主張する本件のストーリーについて、被告人自身から、具体的かつ説得的な説明を行わせた。この過程を通じて、自白に基づいて構成され冒頭陳述で示された検察側のストーリiは、客観的な証拠によって支えられていないことが明らかになった。たとえば、被告人と一緒に本件車両を運搬・廃棄したとされるA・Bの存在は、捜査の結果、確認できなかった。また、本件車両から被告人が特定の部品を取り外したとされる点についても、本件車両の実況見分では当該部品の有無が確認されておらず、現存する本件車両の状況とも矛盾していた。これに対して、検察側は補充捜査を行い、新たな証拠を提出することによって被告人の公判供述を弾劾し、公訴事実を支えようした。たとえば、本件車両の運搬経路と合致する、被告人名義のクレジツトカードを使った高速道路料金支払いの記録などが提出された。しかし、被告人の公判供述では、本件車両はCが運転するユニック(クレーン付きのトラック)で一般道を経由して現地へ運搬されており、被告人自身はこれとは別に、同日にセーフティーローダーを違転して長野方面へ向かったとされているのだから、検察官提出の証拠はこれと矛盾せず、被告人の供述を弾劾する効果は持たなかった。

被告人の公判供述の信用性を左右するのは、被告人から本件車両の運搬を依頼され、本件車両を現場に放置したとされるCによる供述である。弁護人は、いわゆる「証人潰し」を警戒し、Cを証人申請すべき時期を見定めようとしていたが、補充捜査を進める検察官がCかぢ任意の事情聴取を行ったため、これに対応すべくCの証人尋問を請求し、被告人の公判供述と一致する証言を得た。なお、これに対して検察官は、Cの検面調書を、Cの公判供述と一致しない内容を含むものとし、弾劾証拠として提出したが、両者の不一致は記憶の混同として自然な範囲内のものであるとの心証しか導けなかった。また、弁護人は、捜査段階における自白は、脅迫と利益誘導によるものであるうえ、読み聞けも行われておらず、任意性がないと主張した。捜査官への証人尋問においてこの点が追及された(ただし、取調べを主導した捜査官の尋問は実現しなかった)。

裁判所は、まず、実体法上の論点について、本件車両の廃棄物該当性を肯定した。次に、行為者と被告人との同一性について論じ、もっばら自白の任意性・信用性に検討を加えている。まず、1)任意性については、自由な意思決定が妨げられてなされた自白とは言えないとして、自白の証拠能力を肯定した。そのうえで、2)a自白調書に記載されている内容を裏付ける客観的証拠が存在しないこと、b自白とは別のストーリーを提示する被告人の公判供述は、部分的に変遷しているものの主要な部分は一貫しており、これと一致するCの供述にも不自然・不合理な点がないので、信用性が認められることを挙げて、自白の信用性を否定した。さらに、検察官が論告において追加した不作為犯の主張をも退け、被告人に無罪を言い渡した。

本件は、判決までに二一回もの公判期日を用いている。簡易裁判所で罰金刑を言い渡す事件としては、異例ともいえよう。弁護活動の経緯からも明らかなとおり、無罪判決の決め手は、いずれも、公判を重ねつつ徹底して行われた証人尋問と被告人質問から導かれている。多くの無罪事件に共通するオーソドックスな弁護が効果的に機能した事例といえようか。ただ、このような弁護活動を可能ならしめた条件の一つとして、本件が略式命令を経て正式裁判となった事例であるがゆえに、公判段階で被告人の身柄が拘束されていなかったことが挙げられることに留意すべきである。もし仮に本件が略式命令を経由しなかったとすれば、保釈の可能性を探りつつ、身柄拘束に伴って被告人やその家族に生じる不利益をも考慮せざるをえず、実際に本件でなされたのと同質の弁護活動を行うことには、より多くの困難を伴ったのではなかろうか。そうだとすれば、本件は、いわゆる「人質司法」の問題点を、逆の面から示しているともいえるだろう。

また、本件の経緯を全体としてみれば、捜査機関が略式手続による処理を「主観的に」見込んだ事件につき、自白内容の裏づけを省略した杜撰な捜査がなされたものといえるだろう。略式手続の中では裁判所によるチェックが機能しにくい以上、略式手続によることへの異議や正式裁判の請求を行う場面において、被告人の自由な意思決定が実効的に保障されることの重要性が強く認識されなければならない。さもなくば、軽微な事件であることを理由に、多数の冤罪を許容することになりかねないだろう。

本稿の執筆に際し、本件の弁護人であった山下幸夫弁護士(東京弁護士会)から、多数のご教示と記録閲覧などの便宜を賜った。記して謝意を表する。

中島宏(なかじま・ひろし/大東文化大学非常勤講師)


判決文

【主文】
被告人は無罪。

【理由】

一 本件公訴事実は、「被告人は、みだりに、平成一一年二月中旬ころ、長野県北佐久郡W村一一八○番地の山林内において、一般廃棄物である普通乗用自動車二台(重量合計約一トン、車軸等なく使用不能のもの)を捨てたものである。」というのである。

二 これに対し、被告人は、公訴事実記載の普通乗用自動車二台を公訴事実記載の場所に自ら置いたことはなく、右自動車二台からエンジン等の部品を取るため置いておく場所を別に借りていたけれども、右自動車二台の運搬を依頼した者が誤って公訴事実記載の場所に置いてしまった旨供述している。そして、弁護人は、右自動車二台は廃棄物に当たらない、被告人が右自動車二台を「捨てた」とはいえず、被告人に「捨てる」故意もなかった旨主張し、さらに、本件は極めて恣意的な違法な捜査が行われて被告人が起訴されたものであり、本件公訴の提起は公訴権の濫用として無効である旨主張し.ているので、以下検討する。

三 前提事実

証拠(被告人の公判供述、証人D、同E及び同Fの各公判供述、G(甲四一)及びH(甲四九)の各検察官調書、実況見分調書(甲一)、写真撮影報告書(甲二、三七、四六)、電話聴取書(甲一〇、三六)、捜査関係事項照会書(甲一五、一七、二九、三八、四二、五〇、五二)、捜査関係事項照会回答書(甲ニハ、一八、三〇、三九、五一、五三)、捜査報告書(甲二一ないし二三)、任意提出書(甲四三、五七)、領置調書(甲四四、五八)、高速道路通行券(甲四五)、クレジツトカード売上票(甲五九)、身上調査照会回答書(乙七、八)。括弧内に示す甲、乙の各番号は、証拠等関係カード記載の検察官請求証拠番号を示す。以下同じ。)によれば、次の事実を認めることができる。

1 被告人は、平成一一年一月ころ、Z株式会杜との間で、同社からフォルクスワーゲン・ゴルフニ台(以下、車台番号が「X」のものを「本件車両一」、車台番号が「Y」のものを「本件車両二」とそれぞれいい、併せて「本件車両」という。)を五万円相当のものとして譲り受ける旨の合意をした。

2 被告人は、平成一一年二月一五日、母である1に、東京都豊島区所在の株式会杜ジャパレン池袋西口営業所から、いすずエルフ・セーフティーローダー(登録番号・○○○○)(以下「本件ローダー」という。)を借り受けてもらった(出発日時は、同日午後一時一〇分である)。

3 被告人は、本件車両を受け取るため、本件ローダーを運転し、平成一一年二月一五日午後三、四時ころ、千葉県松戸市にあるZ株式会社の車両置場を訪れ、同社の従業員であるGに本件車両を本件ローダーに積み込んでもらった。本件ローダーには、本件車両を並べて積むことができなかったので、本件車両一を荷台後部に積んだ上、本件章両二は荷台前部に本件車両一に立てかけるような状態で積み込まれた。本件車両二はワイヤーで固定されていたものの、不安定な状態であったため、被告人から長野まで行くと聞いていたGは、被告人に対し、途中で本件車両のずれを確かめながら運転するように忠告した。

4 本件ローダーは、平成一一年二月一五日午後五時五二分、練馬インターチェンジから高速道路に入り、同日午後七時二四分、佐久インターチェンジを出ている。その通行料金は、被告人名義のクレジツトカードにより支払われている。

5 本件ローダーは、平成一一年二月一六日、佐久インターチェンジから高速道路に入り、同日午後七時四三分、練馬インターチェンジを出ている。その通行料金は、被告人名義のクレジツトカードにより支払われている。本件ローダーが株式会社ジャパレン池袋西口営業所に帰着したのは同日午後八時四二分であり、前日出発してからの走行距離は四四三キロメートルであった。本件ローダーの使用料等も、被告人名義のクレジットカードにより支払われている。

6 Jは、平成一一年二月一七日午後二時ころ、同人が所有する長野県北佐久郡W村大字蓬田一一八○番地の山林の手入れに行った。そして、林道脇にある右山林内の空き地(以下「本件現場」という。)に本件車両が置かれているのを発見した。

7 (一)本件車両一は、フロント・ウィンドー及びリア・ウィンドーの各ガラスが大きく破損してリア・ウィンドーはほとんど無く、ボンネットが大きくへこんでおり、ナンバープレートは取り付けられていなかった。右側のフロント・フェンダーの一部が切断されていた。フロント・ウィンドー・ガラスには「運輸省####号有効期限平成一一年二月」と記載されたステッカーが貼られていた。内部は、運転席、助手席及び後部座席が取り外されていた。

(二) 本件車両二は、フロント・バンパーからボンネットにかけて大きくひしゃげており、ナンパープレートは取り付けられていなかった。エンジンルーム内運転席側のウィンドー・ワイパー下側の車体の一部が切断されていた。フロント・ウィンドー・ガラスには「運輸省****号有効期限平成九年三月一三日」と記載されたステッカーが貼られていた。

(三) Jが本件車両を発見した際、同人が探した範囲では、メモ等本件車両の所有者等が判明するものは見当たらなかった。

(四) 本件現場に置かれた時点で、本件車両は自力走行できる状態ではなかった。四本件車両の廃棄物該当性について本件車両が本件現場で発見された時の状況は、右三7の(一)ないし(四)のとおりであり、本件車両は、当時、自力走行ができないほど破損しており、一見して本来の使用方法に従って利用することができないことが明らかであった。したがって、本件車両は本件現場に置かれた状況下において廃棄物であるといえる。

本件車両の一部になお利用する価値のある部品等があったとしても、それはそのような物を扱う専門業者など非常に限られた者にとって、取引等の存在を前提とした限られた状況下でこそいえることであり、その他の一般人にとっては、もはや利用しようのないものである(このような認識は被告人にもあったと容易に推認することができる。)から、右認定を左右するものではない。

五 自白の任意性・信用性について

1 右三で認定した事実は、被告人又はその指示を受けた者が本件車両を本件現場に捨てたことを疑わせるものである。しかし、それらの事実のみで本件公訴事実を認定することはできず、結局、本件公訴事実を認定することができるかどうかは、本件公訴事実を否認する被告人の公判供述と対比して、被告人の警察官調書(乙三ないし五)及び検察官調書(乙六)(以下併せて「被告人の自白調書」という。)に記載された被告人の自白に信用性が認められるかどうかにかかっているといえる。

2 そして、被告人の自白調書には、「……私が今年、平成一一年二月中旬に、長野県W村の山中へ普通乗用自動車二台を捨てたことは、問違いありません。私は、もう部品も取れなくなり全く必要がなくなった車両二台を捨てたわけですが、……四月末には、自分で捨てた車をひきあげ片づけたのです。……私は、……自動車販売・買取自動車部品販売を業とする有限会杜Rリース・コーポレーションの代表をしています。…:従業員は二人おり、Aさん三〇歳位Bさん二九歳位の二人で私の指示で全国へ車を引き取りに行く等の仕事をしてもらっています。…北佐久郡W村には、父方の親戚もおり、ひんぱんに来ていました。このW村の親戚というのは、W村桑山地籍で口業をしているKさんであり、私はこの人に土地を借りて、長野県内の支店とし、章の置場にしようと考えていたのです。…」(乙三)、『……私は、自動車販売業をしているので使える、必要な部品を取ったあとの車は、もう使えませんので単なる鉄くず、ゴミであり、これらの鉄くず等は、自分の責任できちんと処分しなければならないことは、充分承知しています。それを今回は、人目につかない山の中で誰が捨てたのかわからないだろうという安易な気持ちから、不用となった車両を捨てたのであり、申し訳ないことをしました。……私が車両二台を捨てた場所ですが、……図面は書けますので自分で書いた図面を提出しますので参考にして下さい。……写真に写っている車両・フォルクスワーゲンゴルフニ台は、私が捨てた車両に問違いなく、Zから買い取り部品を取って不用となったので捨てた車両に間違いありません。写真で見ていただければわかりますが、前照灯等使えたり、売れたりする部品は、私どもの都合ではずしました。また、車体の一部を切り取ったのは、部品を取るために切ったのです。・…:私は従業員に、それぞれセーフティーローダーと、ユニック車を運転してもらい、私が普通車で先導して、千葉県市川市付近のZの置き場の地図をもらってそこまで行き持って来ました。……お昼前には、Zの置き場を出て、練馬までは下の道を走り、練馬から関越自動車道にのり、佐久まで来てW村へ来たのです。もう夕方近くになっていたと思いますが、私が支店にしようと考えている空地の方へ入らずに、広い道を登って行き、脇道にそれて林道を入って行ったあたりに、車を入れ、ユニック等を使ってワーゲンゴルフを降ろしたのです。それから、カッター等を使って必要な部品を切り取ったのですが、切り取り方で、車台番号をわからなくするために切り取ったように見えるのですが、私としては、故意にそんな切り取り方をしたわけではありません。……四月末ごろに、持って行った時と同じように三台で行き、私が指示して和んで車両を片づけたのです。先程話し忘れましたが車両を捨てた時にも、確かに従業員も二人おりましたが、二人は、あくまで私の従業員であり、私の指示に従って動いただけですので車両を捨てたのは、私の責任です。ですから私がきちんと話をすることでしっかりと責任を取りたいと思います。……」(乙四)、「……従業員のAさんの携帯の番号は、@@@@Bさんはポケットベルしか持っておらず番号は、++++です。私が、長野に支店というか車の置場として借りるつもりでいたW村の親戚で土地の所有者でもあるKさんはどこでやっているのかよく知りませんが、K総業という建設業をやっている人で三年位前にベンツを一台買ってもらっているのです。……私は、昨日Zという中古車・中古部品販売店からフォルクスワーゲンゴルフという外車の普通乗用自動車二台を買い取って、その日のうちに、関越道を使って、従業員二人に指示して佐久インターを降りて二〇分位かかるW村蓬田地籍まで持って来て部品を取って捨てて帰ったと話してありますがそのとおり間違いありません。その際はずした部品は、ヒューズボックスワイパーモーター等であり、Zでは切ってはなかったのですがこれらの部品を取りはずすために切り込みを入れたのです。……」(乙五)、「……この時、送致事実を読み聞かせた。(本年六月三日付)このことについては、警察で話し図など書いて説明し、間違いありません。捨てたフォルクスワーゲンニ台は、いずれもディファレンシャルギアなど取り外してありました。ですから、重さは合計一トンくらいです。後でエンジンを取り外そうと思っていました。警察の方から連絡があり、四月末に自分でそれを片づけ、きれいにしました。……」(乙六)などと記載されている。

3 自白の任意性について

(一) 弁護人は、被告人の自白について、捜査官による脅迫及び罰金刑で早期に釈放する旨の利益誘導に基づくもので、任意性に疑いがある旨主張している。そして、被告人は、当公判廷において、捕まった次の日の朝、LとMに、警察の方で言うとおりちゃんとサインして認めれば、二日で出してやると言われた上、お前が言っているような調書を書けというようだった
ら、一〇日でも二〇日でもずっと捕まえておくぞと脅された、もし認めても三〇万円の罰金で済むから三〇万円用意しておくように言われた、その後額が五〇万円に上がった、調書を作った後読み聞けはなく、最後のぺージにサインをしろと言われただけである、検事のところに行ったときも余計なことはしゃべるなと言われたなどと供述している。

さらに、被告人の自白調書には、後記4(二)の(2)ないし(5)のとおり、事実に反したり、反する疑いのある記載が存在している。

(二) しかし、被告人の取調べ担当者であり、被告人の讐察官調書(乙三ないし五)の作成者である証人Mは、当公判廷において、右(一)のような脅迫をしたことを否定した上、調書を締めるに当たり、読み聞かせて「問違いないか。」と確認して、署名押印をしてもらった旨供述していること、右2のとおり、被告人の警察官調書(乙四)には、車台番号付近の切り取りについて、車台番号を隠すために故意にそのような切り取り方をしたわけではない旨の被告人の弁解が記載されており、被告人の検察官調書(乙六)にも、後でエンジンを取り外そうと思っていた旨の警察官調書(乙三ないし五)には記載のない弁解が記載されていること、被告人は平成八年二月に公務執行妨害罪で逮捕されたが、逮捕事実を否認してそれが認められ釈放された経験がある(被告人の公判供述、警察官調書(乙一))こと、被告人は逮捕された日に弁護人を依頼したい旨の申し出をしたことがある(証人Mの公判供述)こと、被告人の母である1は、被告人が逮捕された翌日(平成一一年六月二日)の午後、被告人と面会したが、被告人が供述するような讐察官の蕃言については何も聞いていない(証人Iの公判供述)ことを考え併せると、右(一)のような脅迫や利益誘導の結果被告人の自由な意思決定が妨げられていたとはいえず、被告人の自白は任意にされたものと認められる。他に被告人の自白を任意にされたものでない疑いがあるとして証拠から排除すべき事情は見当たらない。

4 自白の信用性について

(一) 弁護人は、被告人の自白調書には明らかに事実に反する記載がある上、信用性の高い被告人の公判供述及びそれを裏付ける証人Cの公判供述に照らし、被告人の自白には信用性が認められない旨主張している。

(二) そして、次の諸点に照らすと、被告人の自白には信用性を認めることができず、被告人の自白調書の記載をもって、被告人の意思に墓づいて本件車両が本件現場に捨てられた事実を認定することはできないというべきである。(1)被告人は、当公判廷において、平成二年一月中旬ころ、Kに対し、同人が管理する本件現場に近い資材置場に本件車両を置かせてもらうよう連絡を取っており、そこに本件車両を置くつもりであった、ところが、本件車両の運搬を依頼していたCが一本道を間違えて本件現場に置いてしまった、Kに「二、三日車を置きたいんだけど。」と言うと「長くなると困る。」という回答であった旨供述している。そして、証人Kも、当公判廷において、被告人から「一、二日くらい車を置かしてくれないか。」と頼まれ「長く置いてもらっては困るんだよ。」というように答えたなどと被告人の右供述に沿う供述をしている。

証人Kは、当公判廷において、右資材置場に本件車両を置くことについて、了解したとも断ったともはっきりとは言っていないとも供述しているけれども、被告人とKは、被告人が以前Kの妹と交際していたことがあり、Kが被告人から自動車を購入してその修理を年一、二回依頼していたことがある間柄である上、被告人は以前にも右資材置場に半年くらい自動車を置かせてもらったことがある(被告人の公判供述、証人Kの公判供述)ことを考え併せると、右会話の内容から、被告人が、本件車両を右資材置場に口くことについてKは強くは反対していないと感じ、了解をもらったと受け取っても不自然ではないというべきである。そうすると、被告人は、本件現場近くに本件車両を置く場所を確保していたことになるから、わざわざ本件現場に本件車両を置く必要性は乏しかったといわざるを得ない。

(2) 被告人の警察官調書(乙三)には、右2のとおり、有限会社Rリース・コーポレーションにはAとBの二人の従業員がいる、Kは被告人の親戚である旨の記載がある。

しかし、被告人は、当公判廷において、AもBも知らない、Kは親戚ではない旨供述し、証人Kも、当公判廷において、被告人と親戚関係にあることを否定する供述をしており、右記載を裏付ける証拠は見当たらない。(3)被告人の警察官調書(乙四)には、右2のとおり、従業員にセーフティー口ーダーとユニック車を運転してもらい、被告人が普通車で先導して、Zの置場まで行き、本件車両を持って来た旨の記載があるけれども、これは右三3で認定した本件車両の受取の経緯と明らかに矛盾している。

また、右調書上は、被告人が従業員二人とともに本件現場に行き、本件車両を降ろしたことになっているけれども、本件車両が本件現場に置かれた際、被告人が本件現場にいたことや従業員二人が被告人の指示に従って作業をしたことを裏付ける証拠はない。

(4) 被告人の讐察官調書(乙五)には、右2のとおり、被告人が本件章両からワイパーモーターを取り外した旨の記載がある。しかし、被告人は、当公判廷において、ワイパーモーターは外してない旨供述しており、ワイパーモーターが取り外されている点についての十分な裏付け証拠は見当たらない。

また、AとBが従業員であること、Kが親戚であることについては、右(2)と同様の指摘が当てはまる。

(5) 被告人の検察官調書(乙六)には、右2のとおり、本件車両はいずれもディファレンシャルギアが取り外してあった旨の記載がある。

しかし、被告人は、当公判廷において、ディファレンシャルキアは現在も車に付いている旨供述しており、右記載を裏付ける証拠は見当たらない。

(6) 被告人は、当公判廷において、一貫して、本件車両はKから了解を取った前記資材置場に置くつもりであった、ところが、本件車両の運搬を依頼したCが道を間違えて本件車両を本件現場に置いてしまった旨供述している。

ところで、検察官は、被告人の公判供述には、重要な点について変遷が見られ、これらは虚偽の供述を場当たり的に行ったため、それが虚偽であることを取り繕うため、更に虚偽の供述をする必要が生じたためである旨主張している。

そして、確かに、被告人の公判供述には、本件車両をCに引き渡す際の状況、被告人が長野県まで来る過程、本件現場でCに会ったかどうか等について、変遷が見られ、これらを勘違いや記億違いだけで説明できるかどうかは疑問が残るところである。また、本件ローダーの引渡しや受取の状況、平成一一年二月一五、一六日の被告人の行動等については、被告人の公判供述からも十分には解明されていないといわざるを得ない。

しかし、被告人の公判供述中に、右のように信用性に疑問がある点や信用性を正確に判断しかねる部分があったとしても、Kから前記資材置場に本件車両を置くことの了解を得ていたこと及びCが間違えて本件章両を本件現場に置いたことについては、一貫しており、その部分についての信用性まで否定されるものではないし、仮に被告人の公判供述について全体としてその信用性に疑問があり得るとしても、反対に、前記(1)ないし(5)及び後記(7)、(8)に照らし疑問のある被告人の自白の信用性が格段に高まるものではないというべきである。

(7) 被告人が逮捕される前である平成一一年五月二五日に作成された被告人の警察官調書(乙二)には「……先日おたくの警察から長野の山中に、ワーゲンゴルフニ台を捨てたと一言って来ましたが、捨ててはいません確かに私も近くまで行きましたが、雪道で車が進めなくなったので車から降ろし、連絡先等も書いて置いて来たのです。……章から切り取ったものがあるとのことですが、その部分には、ヒューズボックスがついていたのでまだ使える部品として切り取ったのであり、車台番号を隠したものではありません車を捨てるなら、もっと出先がわからないようにして捨てますし取りに行ったりもしません……」などと記載されている。

(8) 証人Cは、当公判廷において、本件車両を前記資材置場まで運搬するようその前日の夜に被告人から頼まれた、渋谷のQで本件口ーダーに乗った初対面の男に会い、その男と一緒に本件車両を本件口ーダーからユニックに碩み替えた、一七号線をひたすらまっすぐに行った、携帯用のカーナビゲーションを付け、携帯電話で被告人と連絡を取りながら前記資材置場を目指したが、曲がる所を間違えて、通り過ぎてしまった、しかし、翌日の午前一時に六本木に着く必要があったので、本件現場に本件車両を置いてから被告人に連絡した、「間違えちゃってるんだけど。」と言い、「そこはまずいよ。」と言われたが、「時聞がないから。あとは任せるよ。」ζ言って、紙に「すぐどかします。」ということを書いてワイパーにはさんで立ち去ったなどと被告人の右(6)の供述に沿う供述をしている。

ところで、検察官は、証人Cの公判供述は内容自体が不自然、不合理であるなど全く信用することができない旨主張している。

しかし、Cの検察官調書(甲七一)には、被告人が本件車両を税んだユニックを運転してきてCと交替した旨の記載があるけれども、Cは、自動車の運搬の依頼を被告人から多数回受けたことがある(証人Cの公判供述)ことに照らすと、そのような記億の混同が生じても不自然ではない。また、Cが本件車両を本件ローダiからユニックに積み替えたことも、Cの自宅近くに準備されてい・たのがユニックであり、ユニックは本件ローダーと違い荷台に側板が付いていた(証人Cの公判供述)ことに照らすと、必ずしも不自然であるとはいえない。さらに、Cが前記資材置場に二、三回程度行ったことがある(被告人の公判供述、証人Cの公判供述)としても、Cがそこまでの道順を正確に記憶していたことを裏付ける証拠はなく(記億が確かであれば、カーナビゲーションを使用する必要もないといえる。)、Cが本件車両を運搬して前記資材置場付近に着いたのは午後七時から午後八時の間であり(証人Cの公判供述)、周辺は相当暗かったであろうと推認されることからしても、およそ道を間違えるはずがないとはいえない。

結局、Cは、被告人が経営する会社の契約社員として仕事をしていたことがあり(被告人の公判供述、証人Cの公判供述)、その意味で、被告人に有利な供述をする可能性は否定できないけれども、証人Cは、当公判廷において、従前の被告人の公判供述にことさら合わせようとする供述をしているわけでもなく、右のとおりその供述内容自体が不自然、不合理であるということもできないから、証人Cの公判供述の信用性を否定することはできないというべきである。

六 不作為犯の成否について

1 検察官は、論告において、仮に、百歩譲って、被告人が当公判廷で供述するがごとく、本件車両は、Cが道を間違えたことにより本件現場に置いたものであるとしても、被告人は、その当時から、本件車両が本件現場に置かれたことを承知していたのであるから、被告人が本件車両の運搬を指示したCによって、被告人が管理していた車両が他人の所有地に放置されたことを知った以上、その車両を管理していたものとしては、直ちにこれを移動させるべき作為義務が生じたと見るべきであるが、被告人は、本件車両を移動させることが十分可能であったにもかかわらず、自已の連絡先等を書いたメモを放置車両のワイパーに挟んでおいた程度のことをしただけで、その後、放置場所の所有者を調べて連絡をとるようなことも一切せずに、被告人の管理が行き届かない長野県の山中に放置し続けたのであり、被告人には作為義務違反が認められ、本件は不作為による不法投棄ということになり、いずれにせよ被告人が本件犯行に及んだことに違いはない旨主張している。

2 しかし、まず、検察官が主張する右のような不作為による不法投棄を認定するには、被告人に防御の枇会を与えるため訴因変更の手続を要するというべきである。そして、右の点をひとまず置くとしても、本件車両が本件現場に置かれたのはCが道を間違えたことによるものであること、被告人が容易に本件車両を本件現場から移動させ得る状況にあったことについては、十分な立証があるとはいえないことに生活環境の保全という廃棄物の投棄禁止の趣旨を考え併せると、平成一一年四月末まで本件車両を本件現場から移動させなかった(被告人の公判供述、警察官調書(乙二))ことをもって、作為による不法投棄の実行行為と等価値の不作為があったとは認め難いといわざるを得ない。

七 公訴権の濫用について弁護人は、極めて窓意的な違法な捜査が行われて被告人が起訴されたことを根拠に、本件公訴の提起は公訴権を濫用したものであるから棄却されるべきである旨主張しているけれども、本件公訴の提起が職務犯罪を構成するような極限的な場合に当たるといえる事情は認められず、弁護人の若主張は採用できない。八結論.以上によれば、本件車両が捨てられた点及び被告人に本件車両を捨てるという故意があった点については、いずれも証明が不十分であるといわざるを得ない。したがって、本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をする。よつて、主文のとおり判決する。




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