各国の刑事手続と被害者3・アメリカの場合

季刊刑事弁護22号124-127頁(2000年)



はじめに

 かつては刑事手続において「忘れられた存在」とされていた犯罪被害者の地位が省みられつつある。わが国においても、具体的な立法提案をめぐる議論が開始された。刑事手続の中で、被害者の存在をどのように位置づけるかを検討するにあたっては、現行刑事訴訟法の構造に強い影響を与えたアメリカ法の状況を参照することが不可欠であろう。アメリカの動向については、被害者の権利運動や支援活動の実態も含め、すでにさまざまな視点からの紹介がなされているが[1]、ここでは、手続における被害者の法的な地位につき、日本での立法をめぐる議論、とりわけ諮問第四四号に対する法制審議会による答申で示されたいくつかの施策、および「被害者通知制度」などの実務上すでに行われている試みとの関係で重要と思われる事項を中心に概観してみたい。

刑事手続への主体的な関与

 刑事手続における被害者の地位については、連邦においては、一九八二年の被害者および証人保護法(Victim and Witness Protection Act)を皮切りとして、一九九〇年の被害者の権利および弁償に関する法律(Victim's Rights and Restitution Act)、一九九七年の被害者の権利を明確化する法律(Victim's Rights Clarification Act)などによって明確にされていった。また、州についても、一九八○年代以降、多くの州において被害者の権利章典が定められる中で、手続の各段階で被害者に一定の地位が与えられていった[2]。

1.情報提供を受ける権利

 連邦の刑事手続において、捜査機関は、被害者に対して1)被疑者の逮捕、2)裁判官の面前への最初の出頭、3)その後の身柄拘束と保釈、4)捜査状況などについて、できるだけすみやかに通知を行うものとされている。ただし、捜査状況の通知は、捜査に支障のない範囲の情報に限定される。
 訴追の開始後も、被害者は、1)被告人の身柄拘束や保釈の状況、2)訴追状の提出、3)訴追の打ち切り、4)公判前のディバージョンプログラムやその条件、5)証人が召喚されている、もしくは自らの出席が認められている公判期日(変更・延期を含む)、6)有罪答弁や不抗争の答弁の受理、7)陪審による評決の内容、8)被告人に対する量刑などについて、検察官から通知を受ける[3]。公判期日についての情報提供は、司法長官によるガイドラインによて、上訴審などにも拡張して行われる[4]。また、被害者がこれらのサービスを受ける前提として、これらの通知を受けことができる旨が、カードや小冊子などを利用して、事前に知らされているようである[5]。なお、州法においても、
州ごとに通知の内容や方法が異なるものの、これらと同様の規定を設けるところが多い。

2.意見を聴取される権利

 連邦においては、被害者は事件について検察官と協議をする権利を認められており[6]、検察官は、重要な決定を行う場面では、被害者の意見を聴取するよう最大限努めることとされている。法執行機関に対して被害者が主体的に自らの意見を表明しうる点で、一方的・受動的な情報提供とは区別することができよう。具体的には、重大事件の被害者(事案により遺族や家族を含む)に対して、1)手続を打ち切るとき、2)事件の係属中に被疑者・被告人が釈放されるとき、3)答弁取引を行うとき、4)公判前のディバージョンプログラムに付すときに、事件の処理について意見を聴取することとされている[7]。また、司法長官によるガイドラインは、答弁取引において、被害者にその内容を知らせ、被害者の意見を斟酌するために相応な努力をすることを検察官に求めている[8]。

 ただし、そこで論じられている権利は、具体的な事件の中で実現されなくても、多くの場合は、連邦や州を訴える根拠とはならない点に注意が必要である[9]。また、被害者が法執行機関に対して自已の見解を表明する機会が認められても、そこで表明された被害者の意思が、具体的な事件処理を直接的に拘束するわけではない。その意味で、これらの意見聴取は、捜査および公判の事実認定過程において当事者的な地位を被害者に認めようとするものではなく、事件に対して最大の関心を持つ者である被害者の見解を、手続における当事者が確実に斟酌できるようにするしくみと捉えておくべきであろう[10](ただし、事件処理の帰趨への影響力とは別に、自己の見解を伝えることじたいが、被害者にとって固有の意義を持つ)。そうだとすると、手続に主体的に関与する機会が被害者に与えられることを前提としてもなお、刑事訴訟における被害者の地位の実質は、法執行機関の裁量権行使のあり方と密接に関係せざるをえないだろう[11]。そして、手続の各段階で法執行機関に幅広い裁量が認められていることを特色とするわが国の刑事手続においては、この視点からの分析が大きな意味を持つように思われる。

3.被害者が受けた影響に関する供述((Victim Impact Statement)

 被害者がもっとも明確な形で刑事手続に参加するのが、量刑における「被害者が受けた影響に関する供述(以下VIS)」であろう。連邦の手続により被告人が有罪の評決を受けた場合、量刑段階において保護観察官から提出される判決前報告書には、その犯罪から被害者が受けた影響についての調査結果が含まれなければならない[12]。これによって、被害者は、自らが被った経済的、杜会的、身体的、精神的な危害についての情報を、裁判所の量刑判断の基礎となる資料に加えることができる。被害者は、VISの制度と、保護観察官と直接に接触する方法について、告知を受けるものとされている[13]。州の手続についても、ほとんどの州で報告書や口頭によるVISの提示が認められている。

 量刑段階において、被害者のより強い関与を認めることができるのは、アメリカの刑事手続では、事実認定と量刑とが明確に分かれているからに他ならない。事実認定過程においては、犯罪事実の存否のみが争点であり、犯罪後に被害者に及んだ影響や処遇に関する被害者の意見は、これと関連を持たない。わが国でも、公判手続における被害者意見陳述が立法論として具体化しているが、事実認定と量刑とが明確に分離しない手続において、どの段階で、どのような内容の意見陳述が認められるべきかは、慎重な検討を必要とするだろう[14]。

 VISを量刑資料に用いることについては、とりわけ死刑事件について、残虐で異常な刑罰を禁じた合衆国憲法第八修正との関係が問題とされてきた。一九九一年のペイン事件では、暴行の被害者であり殺人被害者の遺族でもある三歳の子どもの状況についての祖母の証言と、遺族と被害者に及んでいる影響についての検察官の意見が判断材料とされて死刑が言い渡された事案について、連邦最高裁が、第八修正違反を理由とする上告を退けている[15]。かつて最高裁はブース事件判港において、特定の被害者や被害者の遺族にもたらされた損害についての証拠は、死刑事件の量刑資料として考慮されるべき被告人の非難可能性(blameworthness)とは無関係であるとの前提に立って、VISの利用は、被告人の経歴、前歴、犯罪の状況に基づく判断から陪審を逸らしてしまうの
で、第八修正に反して許されないと判示した。しかし、本判決では、これを明示的に覆して、被告人の行為により生じた損害は、長い間、適切な刑罰を決定するうえで重要な要素とされてきており、被害者が被った影響に関する証拠は、この情報を量刑決定者に伝えるための手段であるとして、その利用を肯定した。

刑事手続の客体としての関与

 以上のように、被害者には、刑事手続に主体的に関与しうる一定の地位が認められている。しかし、被害者は、伝統的にはむしろ、客体的な地位において刑事手続に関与してきた。法執行機関が被害者を手続の客体として扱うとき、いわゆる第二次被害化を生じやすく特別な配慮が必要とされることは、さまざまな実態調査を通じて広く明らかにされている。連邦法や州の権利章典では、被害者には、自らの尊厳とプライバシーを尊重した公平な取扱いを受ける権利があることを明示した[17]。被害者は、刑事手続の客体として関与をする場面において、そのことによりもたらされる危害から自らを保護することを法執行機関に求めることになる。

1.テレビモニターを用いた証人尋問

 公判手続において、被害者が保護を求める必要が大きいのは、被害者に対する証人尋問の場面である。連邦の手続では、とりわけ第二次被害化の問題が深刻とされる性犯罪や虐待の被害を受けた少年(一八歳未満)について、特別な手続が定められている。これらの被害者が証人となる場合で、1)被告人を恐れて証言ができない、2)証言することによって心理的なトラウマが生じる十分な可能性があることが鑑定により示されている、3)精神的な面で弱っている、5)被告人や弁護人の行為によって証言が続けられなくなった、などの事情により、公開の法廷での延言が不可能であると裁判所が認めるときは、被害者側の事前の申請によって、双方向の閉回路テレビ(2-way closed-circuit television)を使った証人尋問が行われている。被害者である証人は、検察官、弁護人、この種の事件で被害者のために選任されている保護者と一緒にテレビ回線で法廷と結ばれた別室に入り、法廷からの画像を見ながら尋問を受ける。法廷にいる被告人、裁判官、陪審員は、画面と音声を通じて証言を聞き、供述の態度を確認することができる。また、被告人と弁護人との問は、独自の回線により同時コミュニケーションが可能となっている[18]。

 この閉回路テレビを用いた証人尋問については、自已に不利益な証人との対質を求める権利を保障した合衆国憲法第六修正との関係が問題とされている。一九九一年のクレイグ事件では[19]、メリーランド州法の規定に基づき、子どもである性犯罪被害者に対して一方向の閉回路テレビ(別室で証言をしている証人が、法廷にいる被告人の様子を見ることはできない)を使った証人尋問を認めた措置の合憲性が争われた。連邦最高裁は、公判廷で証人と(実際に面と向かって)対面することは、第六修正が定める対質権の保障において不可欠の要素ではないとして、一定の限られた状況下においては、対立する利益の存在が公判廷で被告人が証人と対面しないことを正当化できるとした。そして、本件の手続では、宣誓がなされ、十分な反対尋問が行われており、テレビを通じて証人の供述態度が観察できることなどによって証言の信用性が保証されていること、また、虐待を受けた子どもである被害者に身体的・精神的に安寧を与える利益はきわめて重要であり、被告人が被害者である証人と対面する権利よりも優越する場合があることを理由に、本件の措置を合憲とした(なお、対質条項が明示している被告人の権利について、政策との利益考量を認めるべきではないとするスカリア裁判官の反対意見がある)。

 わが国においてもテレビモニターを用いた証人尋問(ビデオリンク方式)の導入が検討されているが、ここでは、訴訟内部での被害者の地位が拡大することによりもたらされる、被告人のデュー・プロセスとの間の緊張関係について、理論的な検討の成果が、判例という形で積み重ねられつつあることに注目すべきであろう。わが国においても、証人審問権を保障した憲法三七条二項との関係で同様の議論がありうる。さらに、アメリカでは、クレイグ事件判決により、1)被告人と被害者である証人との対面を制限する必要性の認定、2)当該制度が証言の信用性や対審構造の本質を維持できるか否かの認定という、より具体的な問題に争点が移されている[20]。わが国においても、すでに具体的な制度の仕様が策定されつつある現状に照らせば、今後は、こうした判例法理の具体的な適用のレベルにおける動向にも多くの示唆を求めることになろう。

2.公開法廷外における証人尋問のビデオ録画

 なお、連邦では、閉回路テレビを用いる場合と同じ事情で公開の法廷での供述が不可能であるときは、公判期日外に証人尋問を行ったうえで、その様子をビデオ録画し、被害者が証人として出廷できないときに、ビデオテープを証拠として採用する方法も用いられている。この場合に、証人尋問の際には、被告人は公判期日と同じ権利が認められている。被害者である証人が、被告人からの尋問に畏怖することが考えられるが、その場合は、被告人を、先述のような双方向の閉回路テレビで結ばれた別室に移したうえで証人尋問が行われる[21]。

結びにかえて

このように、アメリカにおいては、被害者が主体的に関与する地位、客体として関与する場合に保護を求めうる地位が認められ、そのための立法・運用指針が整備されている。わが国の刑事訴訟理論は、デュー・プロセス論を軸として、アメリカ法の強い影響のもとに発展してきた。被害者への配慮を盛り込むことによって、わが国の刑事手続がどのように変容するのかを予測し、またどのように変容させるべきかを検討するにあたっては、(未だ不十分である)被疑者・被告人の権利保障との調和が重要なテーマとならなくてはいけない。すでに立法作業が具体化しつつある現状においても、また、近い将来に立法がなされた後にも、被害者の問題についての先進国でもあるアメリカでなされる施策や、その施策をめぐって被疑者・被告人の権利との関係から生じる議論に学ぶべき点は、依然として多いξ言えよう[22]。

[1]椎橋隆幸「犯罪被害者をめぐる立法課題」法律のひろば五二巻五号(一九九九年)二一頁以下、安田貴彦「諸外国にみる犯罪被害者対策の現状アメリカを中心に」同(一九九九年)四二頁以下、岡本美紀「外国の動向・アメリカ」法律時報七一巻一〇号(一九九九年)七四頁、太田辰也「犯罪被害者支援の国際的動向とわが国の展望」法律のひろば五三巻二号(二〇〇〇年)四頁以下など。
[2]各州の状況を概観する資料として、NATl0NAL VICTIM CENTER, THE VICTIM R1GHTS SOURCEB00K: A C0MPILAT1N AND C0MPARIS0N 0F VICTlMS' RIGHTS LAWS(1996)〈http://www.ncvc.org/law/SBOOK/TOC.HTM>。。
[3]42 U.S.C.§10607(c)(3)(1998).
[4]The Attoney General Guidelines for Victim and Witness Assistabce 2000, Art.IV.B.2.(5) [5]Id. at Art,IV.A.3.
[6]42 U.S.C.§10606(b)(5).
[7]18 U.S.C.§1512 note.
[8]Supra note4,at Art.IV.B.2.b.(2).
[9]42 U.S.C.§10606(c).
[10]被害者に検察官の答弁取引を拒否する権利を認め、当事者的な地位を与えるべきだとの主張もある。Karen Kennard, The Victim 's Veto: A Way to Increase Victim Impact on Criminal Case Disposition, 77 CALIF. L. REV. 417 (1989) , GEORGE FLETCHER, WITH JUSTICE FOR SOME 246 (1996) .
[11]被害者の関与と検察官の裁量権につき、Abraham Goldstein, The Victim and Prosecutrial Discresion: The Federal Victim and Witness Protection Act of 1982. 47 LAW & CONTEMP. PROBS. 1984 (1984).
[12]FED. R. CIM. P.32(b)(4)(D).
[13]Supra note 4, at Art.IV.B.3.a.(1).
[14]椎橋・前掲注〇一八頁は、この観点から、被害者の意見陳述を手続の最終段階に限定すべきだとする。
[15]Payne v. Tennessee, 501 U.S. 808 (1991).
[16]Booth v. Maryland, 482 U.S. 496 (1987).
[17]42 U.S.C. S§10606(b)(1).
[18]18 U.S.C. §3509(b)(1).
[19]Maryland v. Craig, 497 U.S. 836(1990). 本件の評釈として、津村政孝「判批」アメリカ法一九九四年1(一九九四年)三七五頁以下。
[20]松原芳博「証人対質条項と伝聞法則をめぐる問題状況」鈴木義男先生古稀祝賀『アメリカ刑事法の諸相』(成文堂、一九九六年)二三一二頁。
[21]18 U.S.C. §3509(b)(2).
[22]なお、本稿では触れていないが、アメリカにおいても活発な、損害の回復や抗争当事者の和解などの機能を刑事手続に取り込む動きをも含めて新しい刑事司法の全体像を一元的に把握しようとすれば、刑事司法の目的や訴訟の構造についての理解までも、大きく変える必要が生じることになる。

(なかじま・ひろし)




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