パネル・ディスカッション「情報ネットワークの安全確保の基盤」
第23回日本犯罪社会学会大会
1996年10月26日(土)東洋大学(白山キャンパス)


報告者
村井純(慶應義塾大学環境情報学部)
原田豊(科学警察研究所)
梅本吉彦(専修大学法学部


「犯罪社会学会ニュース」61号(1997年)に掲載した拙文。 1996年10月26日(土)に行われた犯罪社会学会のパネルディスカッションの模様を伝える記事です。私の記録に基づいて作成したものであり、報告内容の再現の正確性について、各報告者の校閲を経てはいないことにご注意ください。





(1)司会者から

報告に先だって、司会者を兼ねる原田豊会員から、本企画の趣旨が次のように説明された。インターネットの急速な発展・普及に伴って、技術開発だけでは解決できない様々な問題が生じている。法的・社会的な制度の整備や、利用者の啓蒙・教育をも含んだ、社会的な拡がりをもった対策を構想することが必要であろう。そのためには、技術者、社会学者、法学者など、各方面の共同が不可欠である。このパネルは、その第一歩を踏み出すべく「出会いの場」を提供することをねらいとして企画された。


(2)村井純氏(非会員)「情報ネットワークのセキュリティ技術とその課題」

 まず、第一報告として、村井純氏(慶應義塾大学環境情報学部助教授)より、インターネット、およびそこでのセキュリティに関する技術の解説を交えながら、技術の領域の内と外に存在する今後の課題についての報告がなされた。

 コンピュータ・ネットワークとは、「デジタル情報を共有・交換する環境を提供するしくみ」である。文字や動画、音声などをデジタル化して扱うメリットは多々あるが、ここでとりわけ重要なのは、数学的に証明された方法を用いて情報の伝達をコントロールすることが可能になることである。この、デジタル情報の伝達を制御するための技術(その一例として、いわゆる「公開鍵暗号」のしくみが解説された)は、すでに高いレベルでの実現が可能な状況にある。 ところで、インターネットの技術は、ネットワークの「網」そのもののには厳格な信頼性を追求せず、エンドシステム(ユーザーが手元で用いるコンピュータおよびソフトウェア)の側に重要な機能を担わせることによって、システム全体の信頼性を維持しようとするものである。このことが、少ない資本で「網」の拡がりを大規模化することを可能にしている(信頼性確保のための技術と資本を中央の交換機に集中させる、一般の電話のシステムと対比させるとわかりやすい)。ここ数年間のインターネット利用者の爆発的な増加、利用者層の拡大は、止まることはないだろう。

 したがって、セキュリティの問題も、近い将来、企業はもちろん、多くの家庭にインターネットが入り込み、一般の「ハイテク嫌い」の人もがインターネットの利用者となる状況を前提に考えていく必要がある。膨大な数の、多様化した利用者の存在を前提とするならば、様々な利用者の間で共有されるべき「意識」や「約束事」を明確にしておくことが必要不可欠となる。前述のように情報の伝達を制御するための技術的な課題が解決可能であるとしても、それだけでは何ら意味を持たない。むしろ現在では、どのような情報の伝達を、どのような方向に向けて制御するのかという点につき、利用者や社会が持っている要求を見きわめて明確に定義していくことこそが、緊急の課題なのである。そしてこの課題は、様々な分野に携わる者の共同なくしては、解くことはできないと思われる。


(3)梅本吉彦氏(非会員)「情報ネットワークをめぐる法的紛争の予防と処理−民事法の視点からー」


 次に第二報告として、梅本吉彦氏(専修大学法学部教授)から、ネットワークの普及に伴って生じる紛争への民事的な対応をめぐる課題について、報告がなされた。

 高度情報化社会を迎えて、「情報」の持つ価値への認識は広まりつつある。しかし他方で、他人が資本と時間を投下して作り上げた産物を、その者の同意のないまま、自己に有利に利用して経済的利益を得ようとする者も常に存在し、様々な場面で利害関係の対立が起こりうる。紛争の増加は必然的といえるだろう。

 この事態への法的な対応として、刑事制裁を用いるだけでは、被害者に対する損害回復が不可能であるという点で十分でないので、民事法による対応も用意されていなければならない。しかしながら、現在の民事裁判制度を活用しようとする場合、1)証拠による立証が困難であること、2)今日の判例法理の上では、賠償責任を認める損害の範囲が狭いこと、3)新しい分野であるため代理人となる弁護士の負担が大きいことなどの制約が伴う。

 こうしてみると、紛争処理に大きく軸足をかけたこれまでの法律学の知見だけでは、問題の解決にとり不十分であり、紛争処理と並んで「紛争予防」のための法律学にも力点を置く必要がある。もちろん、紛争予防は法のみによってなされるわけではない。第一次的には、技術の進捗状況に依存することになるし、継続的な情報倫理教育の果たす役割も大きい。

 予防的な対応を強化しても、紛争の発生がすべて回避できるわけではなく、紛争の適切な処理のための手だても用意しておく必要がある。コンピュータ・ネットワークによる取引では、紙媒体を利用してなされる取引とは異なり、紛争の要因を証拠により突きとめることが容易ではない。どういうものを証拠として認めるのかを、事前に取り決めておくことが必要となってくるだろう。また、紛争の原因追究が不可能な場合に備えてファンドを設けて、部分的であれ被害回復を可能とするなど、より幅広い受け皿を用意することも検討すべきである。

 高度情報化社会の光の部分と影の部分を客観的かつ率直に認め、紛争予防と紛争処理の対策とを兼ね備えたしくみを用意すべく前向きに検討を進めていくことが、法律家に求められているといえよう。


(4)原田豊会員「実態調査から見た『セキュリティ管理者』の意識と行動」

 続いて第三報告として、原田豊会員(科学警察研究所)から、インターネットを構成する個別のネットワークの管理者を対象とした実態調査の結果に基づく報告がなされた。同調査は、1996年3月、JPNIC登録組織から無作為抽出した200組織に所属する200名を対象に、調査票を用いた郵送法によって行われた。有効回収票は121票(61%)であった。

 回答者の年齢は、20代と30代とで7割近くを占めている。また、専従・兼務の区別では、専従の管理者はわずか14%しかおらず、大半の管理者は、兼務ないし非公式な立場で携わっていることがわかる。管理業務への負担感については、平常時はさほどではないにしても、ピーク時には、「過重」または「大きい」と答えた者が60.3%にも上っている。

 セキュリティへの取り組みについて、まず使用しているセキュリティ技術としては、ファイアウォールの使用こそ半数を超えるものの、暗号化などの技術の使用は、10%に満たない。ネットワークのモニタ状況も、外部アクセス状況のモニタが50%弱でなされているに止まり、それ以上の細かい事項は、ほとんどモニタされていない。また、管理者向けの技術書に掲載されている「チェックリスト」の内容を調査票に取り込んで、その達成の可能性を質問したが、否定的な回答が多かった(「実際に達成できる」と答えたのは0名である)。セキュリティ対策を講ずるうえでの問題点としては、一般ユーザーの側の認識不足を挙げる回答が59.5%に上る。また、日本語情報の不足を挙げる回答が36.4%に上る点にも注目すべきだろう。知識・技術の情報源は、書籍などを通じ、職場以外の場所から得られることが多い。また、アメリカのCERTなどの専門の情報提供機関は、わが国ではあまり利用されていないことがわかる。他方、ネットワーク管理支援組織へのニーズについての質問では、その必要性を認める回答が大半を占めている。

 このように、現在では、「草の根」管理者が、有事には過負荷となる恐れのある体制の中で管理業務を行っているのが大半であり、そのため、セキュリティへの備えについても「やりたくてもできない」のが実状である。また、日本語情報の乏しさなどもあって、必要な知識・技術の獲得にも、ある程度の苦労を伴わざるを得ない状況にある。セキュリティ対策を論じるにあたっては、このような現場の実状を踏まえ、管理者の要求を明確に定義したうえで、現場で実現可能なしくみを作り上げていくことが重要であろう。


(5)討論

 討論の最初に、指定討論者である荒木伸怡会員(立教大学)から、各パネラーからの報告に対するコメントがなされた。村井報告との関連では、提供される情報に誤りがあり得ること、デジタル化できない情報にも重要なものが含まれ得ることなど、コンピュータ・ネットワークにの利用に内在する限界が指摘された。梅本報告との関連では、私立大学情報教育協会での実践を引用し、そこで作られた情報倫理教育のガイドラインは、インターネットの急速な普及を念頭に置いていなかったため、現在では問題事例を収集し整理する段階であることが紹介された。また、民事紛争との関わりでは著作権の問題も議論の対象となるが、あまりに形式的で厳格な規制を考えてしまうと、技術の進歩や教育・研究の現場での利用などに支障となるとの指摘がなされた。原田報告については、「セキュリティ管理者」という用語法について疑問が呈されたほか、多くの大学などでは、ネットワークが分散自律化することによって管理者の数や管理のためのコストが削減できるという誤解が存在しており、管理者支援の必要性を論じた原田報告とは逆の方向を向いているとの指摘がなされた。

 引き続いて、会場からの質疑と討論が行われた。わいせつ画像など、「入手したくない」と考える情報の流入をどう制御するのか、コミュニケーション構造の転換により生じる商行為の態様の変化にどう対処するのかといった問題が提起された。また、国家権力によって特定のサイトへのアクセスを事前に遮断すること(=事前の規制)の是非と技術的な可能性、および、特定サイトへのアクセスを犯罪化して、サービスプロバイダーなどのアクセス記録に基づいた検挙・処罰を行うこと(=事後的な規制)の是非について意見が交わされた。さらに、個人情報のデジタル化と暗号技術の発達が、プライバシーをめぐる個人と国家の関係に質的な転換をもたらすのではないかとの問題意識も提示された。

 参加者の関心の高さがうかがえる活発な討論を受け、司会者から、このテーマのもつ拡がりと継続的な研究の必要性が確認されて、パネルを終了した。





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