勾留に対する異議申立てを却下する決定が確定した後、
その異議申立てと同一の論拠に基づいて勾留を違法として取消すことが否定された事例

最二小決平成12・9・27刑集54巻7号710頁、判時1728号157頁、判タ1045号13頁

現代刑事法35号93-96頁(2002年)



事実の概要

被告人は、強盗殺人罪で起訴されたが、第一審では無罪とされた(東京地判平成12年4月14日判タ1029号120頁)。この無罪判決により、被告人に対してなされていた勾留の効力が失われたところ、不法残留中の外国人であった被告人が国外に強制退去させられる可能性が大きくなったため、検察官は、控訴したのち、東京高裁に対して職権による勾留を行うよう申し立てた。これを受けて、平成12年5月8日、東京高裁(第4刑事部)が勾留状を発付し、被告人は再び勾留された。この勾留状の発付に対して弁護人が異議申立てを行ったが、東京高裁(第5刑事部)は、刑事訴訟法(以下、「刑訴法」という)60条が勾留できる時期について何らの制限もしておらず、検察官の広範な上訴権が容認されていることから、「第一審裁判所において無罪が言い渡された場合であっても、……(略)……控訴審裁判所は、……(略)……被告人を勾留することができる」としてこれを棄却した(束京高決平成12年5月19日判時1718号24頁)。特別抗告も同旨の判断によって退けられ(最一小決平成12年6月27日判時1718号19頁。なお、遠藤光男裁判官と藤井正雄裁判官の反対意見がある)、勾留状発付の正当性についての判断が確定した。

そこで弁護人は、その後に、束京高裁に対して勾留取消し請求を行ったが「なお勾留を継続する必要がある」として却下された(第4刑事部による平成12年8月7日決定)。さらに、これに対する異議申立てを行い、[1]本件勾留は本来違法であること、[2]勾留を継続する理由及び必要性についての具体的な理由が示されておらず憲法34条、32条等に違反すること、[3](勾留に対する異議申立てが確定したのちに提出された検察官の控訴趣意書や証拠調請求書を検討した結果として)「罪を犯したと疑うに足る相当な理由」が存在しないこと、[4]刑訴法60条1項各号の事由がないことを理由に勾留を取り消すべきである旨を主張した。東京高裁(刑事5部)は、[1]については「本件勾留が適法であることは、最高裁平成一二年六月二七日決定が判示するところ」であるため所論は採用できないとした。また、[2]については原決定が理由を付していることは明らかであるとし、[3][4]については「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」も60条1項各号の事由も存在するとの判断を示して、異議申立てを棄却した(平成12年8月10日決定)。

この棄却決定に対して、弁護人が特別抗告を申し立てたのが本件である。

決定要旨

最高裁は本件抗告の趣意につき、以下ように判示しつつ、いずれも単なる法令違反、事実誤認の主張であり、刑訴法433条の抗告理由に当たらないとして抗告を棄却した。

「なお、所論には、本件勾留の裁判自体が違法であるから本件勾留は取り消されるべきであると主張する部分があるが、右の所論と同一の論拠を主張してされた本件勾留の裁判に対する異議申立てが先に棄却され、右棄却決定がこれに対する特別抗告も棄却されて確定しているのであるから、再び右論拠に基づいて本件勾留を違法ということはできない。」

評釈

1 本件で議論の対象となっている勾留とは、外国人による強盗殺人として社会的な注目を集めた、いわゆる「東電OL殺人事件」(1)について、第一審が無罪判決を出したのちに、控訴審が行った勾留のことである。本件勾留のように、無罪判決がなされて検察官が控訴したのちに、控訴裁判所においても再度の勾留を行うことについては、これを制限的に解する見解が多い(2)。しかし、本件の勾留に対しては異議申立てがなされ、再度の勾留も適法であるとして確定している。このとき、再度の勾留が違法であることをあらためて理由に掲げて、今度は勾留取消しの申立てをすることが許されるか否かが争われたのが本件である。同一の事案を扱った判例はなく、先例としての意義が大きい。

2 勾留は人身の自由を制約する重大な処分であるため、法は、勾留の裁判に対する不服申立て制度に加えて、勾留取消し制度を設けている。勾留の取消しは、勾留後の事情を考慮して、勾留の理由または必要が失われているとき、あるいは、拘禁が不当に長くなったときに、将来に向かって勾留の効力を失わせるものである(刑訴法87条・91条)。勾留の取消しは、勾留の裁判に対する不服申立てのように当該訴訟行為がなされた時点に存在した暇庇を問題にするのではなく、適法に成立した訴訟行為の効力を「撤回」するものだとされる。したがって、現行法の基本枠組みとしては、勾留の取消しにあたり、本件のように勾留の原始的な暇疵を争いの対象に含めることは許されないことになる(それらは、勾留に対する不服申立ての諸制度により解決すべきである)。

しかしながら、この枠組みを、一定の場合には修正できるという見解がある。たとえ、ば、東京地決昭和39年10月15日下刑集6巻9=10号1192頁は、起訴前の勾留について、裁判官の押印を欠く逮捕状によりなされた違法な逮捕手続きが前置していることを理由として取り消すことを認めた。また、札幌高決昭和45年12月12日判タ259号215頁は、勾留更新決定の不当を理由とする勾留取消し請求を棄却した原決定を支持したが、「原裁判所の判断が明らかに失当であると認められるような場合」には、例外的に勾留を取り消す余地があることを示している。勾留決定自体の暇疵が裁判所にとって明らかな場合であっても、不服申立て制度を経由しない一限りはあえてそれを見過ごさなければならないとするのであれば、勾留が被告人の人身の自由や防御権に及ぼす制約の重大さに鑑みて、正義に反することになろう。勾留の原始的な暇疵が、勾留取消しの手続きにおいて明らかにされたとき、職権により勾留を取り消して、直ちに身柄を解放する余地が残されていると解すべきである(3)。

3 このように、勾留取消し制度と勾留に対する不服申立て制度とは、それぞれ別の機能を予定されつつも、被告人に対する後見的な機能から必要とされるときには、裁判所によって、その境界を乗り越えて運用されることが可能だとするのが実務の立場である(4)。

ところが、本決定は、結論はもちろん理由においても、勾留取消しの手続きにおいて本件勾留の原始的な暇疵を問題にする余地を残していない。勾留の裁判に対する異議申立てが先に棄却されて確定していることのみを理由として直ちに、勾留の原始的な暇疵を理由とする取消しを否定している。前述の下級審判例は、いずれも、勾留に対する不服申立てはなされないまま勾留取消しが請求され、そこで勾留の原始的な暇疵が初めて問題にされた事例であった。本件の先例とされないのは、そのためであろう。

ではなぜ、すでに一度不服申立てがなされて確定した場合のみ、勾留取消しでの審査対象から勾留の原始的な暇疵を厳しく排除しなければならないのか。この点につき、本決定は多くを説明していないが、不服申立てに対する裁判が確定したことにより生じる効力(確定力)に注目したものと理解するのが相当であろう。

刑事裁判が確定することによって、[1]当該手続きでの上訴ができなくなる形式的確定力、[2]別訴に対して及ぶ実質的確定力が発生する。そして実質的確定力は、同一事項にっいて別訴における異なる内容の裁判を許さない「拘束力」をその中核とする(5)。それ自体は講学上の概念であるが、最三小決昭和56年7月14日刑集35巻5号497頁は、複数の事実のうちいずれが訴因であるか特定されていないことを理由とする公訴棄却の確定判決があるとき、再起訴を審理する裁判所が、旧起訴に含まれていた事実の一つにつき、(旧起訴は当該事実を訴因とする起訴であったとして)公訴時効の進行が停止されたと解することを認めるにあたり、確定判決の「いわゆる内容的確定力」に抵触しないことを明示し、消極方向からではあるが、確定判決が別訴に対して及ぼす拘束力が存在することを認めている(6)。

本件では、勾留に対する異議申立てを棄却した決定の拘束力が検討の対象となる。異議申立てにおいて弁護人が主張したのは、[1]被告人が第一審で無罪判決を受けているのだから、罪を犯したと疑うに足りる相当な理由はない、[2]無罪判決により勾留状の執行した被告人の身柄を再度拘束するためには、再度の拘束を正当化する何らかの事情が必要であるが、控訴審での審理が開始されていない現状では、控訴裁判所はそのような事情を認めることはできないなどの諸点である。これらに対して、異議審の裁判所は、勾留の規定に時期の制限はなく、第一審で無罪判決が言い渡されている場合であっても、[1]控訴裁判所に一件記録が送付された以降は、控訴審の審理を開始する前であっても、一件記録を検討して「罪を犯したと疑うに足りる相当な理由」の有無を判断することができる。[2]検察官の広範な上訴権を容認する現行法は、弁護人の所論を前提にしているものとは思われず、無罪判決の存在は「罪を犯したと疑うに足りる相当な理由」の有無の判断にあたり、慎重に考慮すべき一事情にとどまるなどの判断を明示して弁護人の主張を退けた。

確定判決の拘束力が及ぶ範囲について、前掲の昭和56年最高裁決定では消極方向での事例判断がなされたのみであり、明確にはされていない(7)。ただ、主文のみならず、理由のうち、主文と直接に関係する部分にも効力が及ぶとするのが、今日広く承認されている見解だといえよう(8)。したがって、異議申立てを棄却する直接的な理由として明示した上記の諸点も拘束力を持ち、当該事件の別の裁判がこれと異なる判断をすることを禁止する効力を持つことになる。そこで本件の勾留取消し請求について見ると、弁護人は、(事情変更を前提にする他の論拠と併せて)勾留が本来違法なものであることを主張し、その論拠は、特別抗告審における2名の裁判官の反対意見を引用するなど説得方法の工夫がなされてはいるものの、実質的な論拠は、勾留に対する異議申立てにおいてなされた上記の主張と重なっているものと評価せざるをえないだろう(9)。本決定が、勾留の原始的な暇庇の有無を勾留取消しの理由として検討する余地を認めることなく、直ちにこれを否定したのは、勾留に対する異議申立ての確定により生じた決定の拘束力によって、別の判断を行う余地が存在しなかったからである。

4 以上で述べてきたように、まず、勾留取消しにおいて、勾留の原始的な暇庇を理由にできる場合は例外的に存在する。しかし、原始的な暇疵が不服申立てで争われて確定した場合は、確定した裁判の拘束力によって、そのような例外的扱いを検討する余地は存在しなくなる。このことを明示的に確認したのが、本決定の意義である。

勾留が被告人に及ぼす影響の大きさを考えれば、勾留からの解放のためには、不服申立てや取消しを柔軟に活用して、多くの機会を用意し、必要があるときは例外的に実定法の本来の枠組みをも越えて救済する余地を残すことが好ましい。勾留取消しにおいて、勾留の原始的環疵を理由として認めた下級審判例も、そのような発想に支えられたものであろう。しかし同時に、訴訟行為の一つの暇疵を永久に蒸し返すことを認めたのでは、勾留に関する裁判が制度として機能しない。本決定が明らかにしたとおり、裁判が本質的に内包する確定力(その中心の拘束力)による制約は、勾留取消し制度においても不可避的に内在していると考えるべきであろう。

ところで、内在的な限界があることを認識するならば、以下の諸点が重要な課題となる。

一つめは、いうまでもなく、勾留の裁判や勾留に対する不服申立てにおける審理の充実である。勾留の裁判について形骸化が指摘されて久しい。二つめとして、不服申立てや取消し請求を棄却するときには、弁護人がその妥当性を争いうるような決定のしかたを考えるべきである。たとえば、本件の原々決定においては、取消し請求を却下する理由として「勾留を継続する理由及び必要がある」とだけ述べられているが、原決定は、これについて「理由を付して本件勾留取消し請求を却下したことは明らか」だと肯定的に評価している。しかし、弁護人が特別抗告の申立書で述べているとおり、原々決定は、刑訴法60条の文言を引き写しただけであって、判断の具体的な根拠をまったく示していない。いわば「問いをもって問いに答えている」に等しい。本決定では、この点を理由に原々決定と原決定を違法・違憲だとする主張も退けられた。だが、勾留取消し請求や勾留に対する不服申立てに対して原々決定のような応答しかなされないのであれば、身柄の解放を目指した防御活動を、事情の変化にも対応しつつ継続するのは著しく困難であろう。本決定は、この意味で、大きな問題を残しているといえよう。


<註>

(1) この呼称は、事件当時、被害者のプライバシーについて、加熱した報道が行われたことの延長線上にあるもので、本来は妥当ではない。しかし、広く定着した呼称でもあるため、ここでは便宜のために用いることとする。
(2) この勾留に先立って、控訴申立ての翌日である平成12年4月19日にも検察官は勾留を申し立てたが、東京高裁(第5刑事部)は、記録が届いていないことを理由に職権の発動をしない旨の決定をした(東京高決平成12年4月20日判例時報1718号23頁)。この決定では「無罪判決により釈放された被告人の身柄を再び拘束するためには、再度の拘束を正当化する何らかの事情が必要である」との見解が示されている。また、勾留に対する異議申立ての特別抗告では、2名の裁判官の反対意見が付いており、実質的な審理が控訴審で開始されていること、一審判決が破棄され有罪となる可能性があることなどを再勾留条件として掲げる。この点をめぐる理論状況の詳細につき、多田辰也「無罪判決に伴う勾留状失効後の被告人の再勾留」『光藤景咬先生古稀祝賀論文集・上巻』145頁(2001年、成文堂)。
(3) 萩原太郎「勾留の取消」熊谷弘・松尾浩也・田宮裕編『捜査法大系II』288頁(1972年、日本評論杜)、藤永幸治・河上和雄・中山善房編『大コンメンタール刑事訴訟法・第2巻』[川上拓一]149頁(1994年、青林書院)、伊藤栄樹ほか編『新版注釈刑事訴訟法・第2巻』[河上和雄]104頁(1997年、立花書房)。
(4) 逆に、勾留に対する準抗告審において、勾留後に生じた事情をも勘酌することを一定限度で許容するのが実務の姿勢であるという。萩原・前掲註(3)299頁。
(5) 田宮裕『刑事訴訟法[新版]』438頁(1996年、有斐閣)。
(6) 下級審判例として、大阪高決昭和47年11月30日高刑集25巻6号914頁、東京高決平成12年1月11日判時1712号189頁。
(7) 木谷明「判解」『最高裁判所判例解説・昭和56年度[刑事篇]』199頁(1981年、法曹会)。なお、木谷調査官は、本決定が示した拘束力の客観的範囲につき、「確定判決の主文と直結する理由、しかも判文上二様の解釈を許す余地のないほど明確に述べられた理由に」限定する発想によるものと説明している。
(8) 法的安定性の見地から、最高裁昭和56年判決よりもさらに広く、主文を導くために必要不可欠な理由まで認めるべきとの有力な見解がある。田宮裕「既判力論の新展開」『日本の刑事訴追』360頁(1998年、有斐閣)[初出・「既判力・再論」東北47巻5号(1984年)]、光藤景咬『口述刑事訴訟法・中』292頁(1992年、成文堂)。なお、拘束カ(内容的確定カ)の及ぶ範囲は、主文に限定されるとの見解もある。藤永幸治・河上和雄・中山義房『大コンメンタール刑事訴訟法・第5巻II』[中谷雄二郎]18頁(1994年、青林書院)。
(9) 小林充「判批」(本決定の評釈)ジュリスト増刊『平成12年度重要判例解説』193頁(2001年、有斐閣)。

(なかじま・ひろし)




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