図書館の思い出:遙かなるクリスマス

跡見学園女子大学図書館報 キャノピー36号(2005年)

勤務校の図書館から依頼されて、「学生時代の図書館の思い出について」というテーマで、図書館報に掲載した雑文。タイトルは、さだまさしの名曲「遙かなるクリスマス」(アルバム『恋文』[2004年]収録)より。



母校の図書館には新館と旧館があった。煉瓦造りの旧館の、判例集が並んだ窓際の狭い一隅が、いつもの私の居場所だった。六法と判決文を置いたらもう一杯の小さな机と固い木製のイス。とても快適とは言い難い設備だったけれど、冬になってキャンパス名物のクリスマスツリーが点灯すると、赤や緑の小さな灯が、まるでステンドグラスのように、高くて大きな窓を外側から照らす。それが何よりのお気に入りだった。

私の恩師は、あまり大学には来ない人だったけれど、それでも時々は思い出したように図書館に姿を見せて、私を見つけると決まって「やぁ、ご苦労さん」と声をかけた。温かに微笑みながら、私が机に広げている資料をさりげない真顔で確認し、そのまま書庫へ消えていく。ほんのそれだけのことだったけれど、私はいつしか、その瞬間を心待ちにしながら、その場所での時間を過ごすようになった。憧れの学者の笑顔と視線と背中は、私にとって、法律学の世界への憧憬そのものだったからだ。

あちこちの図書館に足を運んできた。最新の設備、膨大な蔵書、快適な空調や採光。まるで競争でもするかのように、この頃の図書館はどこも立派だ。でも、私にとっては、恩師を待ち伏せしたあの場所に替わりうる空間は存在しない。どのような人が集い、どのような「知」と出会い、どのような想いを寄せるのか…。それぞれの人にとって、図書館の価値は、きっと本当はそこで決まる。大学そのものと同じように。

気付けば、あの頃から随分と長い時間が経つ。恩師は6年前に急逝し、その後、私はこうして伝統ある大学の教壇に立つ幸運を得る。しかし時流はいつでも気まぐれだ。転機を自覚して行く末に悩むことは今だってある。そんなある冬の日に、ふと、母校の、あの場所を訪ねてみた。旧館のたたずまいは少しも移ろうことなく、クリスマスツリーの灯がそっと窓を照らしていた。「やぁ」というあの声が、胸のずっと奥の方から、はっきりと聞こえた。いつまでも幼く弱気な私への、温かな、さりげない励ましだった。

マネジメント学科 中島 宏




Indexに戻る